忘れ得ない温かい鼓動。
隣にいた事実。
この世に生まれ出る前から知っていた存在。

今は、いない。





10.二人で一つだったはずなのに





「私と兄は双子なんですよ」

唐突に出た兄という言葉に、飛影は一瞬どきりとした。
しかし、平静を装うのは得意なもので、なにも気づいていないかのように言葉を返した。

「それがどうした」
「生まれる前は一緒だったってことですよね」
「…そうだな」
「母のお腹の中では、並んでたんですよ」
「だから、なんだ」
「どうして今は一緒にいないんでしょうか」
「……」
「生まれる前はずっと離れずにいられたのに、
 この世に生まれたら離れ離れになってしまっただなんて…」
「…その程度の縁だったんだ。 お前と兄は」
「そう、なんでしょうか…」
「そうだ」


飛影の言葉に雪菜は黙って、視線を落とした。
昨日降っていた雨が残した水たまりに、月明かりが映って揺れている。
満月でも三日月でもない中途半端な月が、雲に隠れては出て、それを繰り返している。


「…意地悪ですね、飛影さん」
「俺が慰めるとでも思ったか?」
「……思いました」
「それは残念だったな。 見当外れだ」


期待はさせない。 そう決めた。
だから、慰めの言葉なんてかけない。
第一、兄はきっと見つかる、なんて慰め、俺がしたらあまりにも滑稽だ。

飛影はそう思いながら、縁側から月を見上げた。
月明かりで照らされた雪菜の顔を、これ以上は見ていられなかった。


「お前は、いつもこの話をするな」
「え…?」
「兄とどうして離れてしまったのか」
「…そうですね。 今日みたいな日は特に、話してるかもしれません…」
「お前には、どうしても兄じゃなきゃ駄目なのか?」
「……」
「会ったこともない兄がなんでそんなにいいんだ」


そう訊かれて、雪菜は言葉を巡らせた。
うまく言い表せない。
だけど、兄じゃなきゃいけないなにかがある。


「血の、繋がりが…大事なのかもしれません」
「肉親だから…?」
「肉親だったら絶対裏切らない、って自信があるのかもしれません」
「そんな保証、ないだろう」
「……そうかもしれませんけど…」
「お前が求めてるのは兄じゃなくて安心だろ?」
「……」
「それを勝手に兄に求めてるだけだ」
「…そうですね」


安心できる場所はたくさんできたはずなのに、私はまだなにかを求めてる。
愛、信頼、安心、全部持ってるはずなのに。

足りない。


「きっと、どれだけのものを手に入れたとしても、兄からしか得られないものがあるんですよ」
「…わからんな」
「だったら、飛影さんが兄になってください」
「…!」
「私の兄の代わりに」
「…代わりじゃきっとなにも与えられない」
「それでも、なにかがわかるかもしれません」
「……」
「私が求めてるのは、兄じゃないと与えられないのか、それとも、兄じゃなくてもいいのか」
「お前の心を埋めろっていうのか? 俺には荷が重い」
「そうですか? 飛影さんのおかげでだいぶ埋まってますよ?」


雪菜は微笑を向けて、飛影の瞳を見つめた。


「今までたくさん助けられました。 だから、もう少し助けてくれませんか?」
「……助けた覚えはない」
「そういう優しいところにいつも助けられてます」
「……」
「頼っても、いいですか?」




雪菜が俺に求めてるのはなんなのか。

兄の代わりとしての役割?
それとも、俺個人のなにか?

俺が兄だということに勘付いて話は進んでいるのか、それとも、それは思い過ごしなのか。



俺はたぶん、兄という肩書に嫉妬してるんだ。

兄じゃなければ必要とされない、だなんて思いたくない。
俺だからこそ必要としてくれているのだと、そう思いたい。




「頼りたきゃ勝手に頼れ。 応えてやれる保証はないがな」
「その言葉で十分です」
「…ホント、変わったヤツだよな、お前」
「そうですか?」


生まれる前はふたりでひとつで。それが当たり前で。
なのに、今は、互いの意思さえ通じない。
なにを考えているのか、なにを意図しているのか。
通じないままここまできている。
それでも離れないでいるのは、隠しごとはあっても上辺だけの付き合いではないからだ。

たぶん、心のどこかは、あの頃のまま繋がってる。
そう信じたい。


「飛影さん」
「なんだ?」
「…ありがとうございます」





月明かりの中で、そう笑った顔は一生忘れない。





傍にいると約束することはできない。
ずっと一緒にいると言ってやることもできない。
だけど、たとえ離れたとしても必ず守るから。

離れ離れになったとしても、あの頃から気持ちは変わらない。

大切な、片割れだから。





ふたりでひとつ。

きっと、それは、変わらない事実。


変わらない絆。





どこにいても君がわかるよ。










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飛雪コンプリートですーvv お疲れ私。
飛雪はちょっとわけのわからない文章な感じがちょうどいいんじゃないかな(ぇ)
飛雪の距離は何年やっても難しいです。 角度が多すぎる。
もっと掘り下げていろんな話が書けるようになれたらなと思います。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!
2007*1007