道が一本だけしかなかったら、それはとても楽だと思うんだ。
だけど、現実はそうはいかない。





02.道が一本だけなら





魔界でパトロールをするようになってから、飛影が人間界に来ることはほとんどなくなった。
もともと魔界の住人で、そっちの方が住み心地がいい。
人間界に心残りはあるものの、蔵馬に薬草をもらいに来る以外は人間界には滅多に来なかった。
今日はその滅多にない日で、当然のように飛影は窓から蔵馬の部屋に入った。

「…いつも言ってますけど、靴くらいは脱いでくださいよね」
「薬草よこせ」

蔵馬の言葉をさらりと無視して、飛影はぶしつけな物言いで手を差し出した。
飛影のそんな態度に慣れている蔵馬は咎めるのも面倒くさくなって、
用意してあった薬草を取り出した。

「この前あげたばかりですよね?」
「もうなくなった」
「そんなに毎日生傷が絶えないんですか?」
「お前と違って現役だからな」
「…別に引退したつもりはありませんよ」
「人間じみた奴がよく言うぜ」
「あいにく身体は人間なんでね」

そう苦笑しながら、蔵馬は飛影に薬草を手渡した。

「もっと即効性のあるヤツはないのか?」
「今ので十分あると思いますが」
「時間がかかる」
「傷を治すには時間がかかって当たり前でしょ。
 そんな頻繁に傷を負ってるからそう思うんですよ」

事実、魔界の薬草で調合した蔵馬の薬は、十分すぎるほど効き目が高い。
しかし、毎日のように生傷が絶えない飛影にとっては、それすらもじれったいらしい。

「そんなにすぐ治したいっていうなら、治癒能力に頼ればいいじゃないですか」
「!」
「治癒能力なら、薬草よりももっと即効性がありますよ?」
「…うるさい」

妹の話題になるとおとなしくなる飛影に、蔵馬は苦笑した。

「会ってはいかがですか?」
「……」
「これからうちに来るんですよ、雪菜ちゃん」
「…なんで」
「タルトを作ったらしくて。 それを持ってきてくれるんです」
「だから、なんでお前に?」
「さぁ? 義理堅いですからね、彼女は。 あなたと違って」

雪菜が来る。
そう聞いて、飛影の中で次に取るべき行動はすでに決まっていた。
もう会わない。 そう決めたのだ。

「…帰る」
「会いたがってましたよ、あなたに」
「……」
「ずっと会ってないんでしょ?」
「……」
「これからもそうやって会わないつもりですか?」
「…そうだ。 それが俺の決めた道だ」

名乗る気はない。
だから、会う必要はない。

「会ってあげてください。 でないと、今後一切薬草はあげませんよ」
「…なんでそうなるんだ」
「残念ながら俺は雪菜ちゃんの味方なんで」

蔵馬はにこりと笑った。

「それに、俺を見張ってなくていいんですか?」
「…どういうことだ」
「雪菜ちゃんになにかするかもしれませんよ?」
「…! 貴様…!」

思わず飛影は蔵馬の胸ぐらを掴んでいた。
しかし、掴まれている蔵馬は涼しい顔で一言。

「決まりですね」

あとあとになって、また蔵馬に乗せられたのだと飛影は気づくのであった。





「蔵馬さん、これどうぞ」
「ありがとう。 なんだか俺ばっかりいい思いして悪いね」
「いいえ! いつもお世話になってますから」

ほどなくして来訪した雪菜は、にこにこと蔵馬にタルトを差し出した。
雪菜は過去にも何度かこうして差し入れていた。
もちろん、蔵馬にだけでなく、世話になっている人みんなに配り歩いているらしい。
彼女らしい行為だと思うし、なによりどれもおいしいのだからありがたいことこの上ない。

「これから予定ある?」
「いえ、今日はなにも…」
「じゃぁ、上ってかない? 先客が来てるんだ」
「え、お客さんがいらっしゃるんだったらお邪魔じゃないですか?」
「全然」

にこりと笑う蔵馬に首を傾げながらも、特に断る理由もなかったので、
雪菜はおとなしく従うことにした。
蔵馬に案内されて部屋に入ると、そこで雪菜は目を見開いた。

「飛影さん…!」
「……」
「お久しぶりです!」
「…あぁ」

飛影は仏頂面で目も合わせなかったが、それでも雪菜は嬉しそうだった。





「あ、俺ちょっと用事を思い出したんで、留守番頼んでもいいですか?」
「はい、構いませんけど…」
「俺は帰る」

その手には乗らない、とでもいうかのように飛影は窓から出ようとした。
しかし、次の蔵馬の言葉によってそれは止められることになる。

「知ってます? この辺空き巣とか痴漢とか変質者が多いんですよ」
「…!」
「そんなとこに可愛い女の子を残していくのは心配だなぁ」
「……」

完全に止まった飛影に蔵馬は笑顔を向けた。
「じゃぁ、お願いしますね」
結局飛影は蔵馬の策略に乗せられて、雪菜とふたりきりになることになった。



もう二度と会わないと、その方がいいと思っていたのに。



洋服に身を包み、髪を下ろしている雪菜は、自分が最後に見た姿より大人びて見えた。

「魔界の生活はどうですか?」
「…別にたいしたことはない」
「人間界にはあまりいらしてませんよね」
「用がないんでな」
「今後も人間界には来ないんですか?」
「あぁ。 そうだろうな」

飛影のその返答に、そうですか、と雪菜は小さくつぶやいた。



決めた道は一本で。

関わらない道を選んだはずなのに。



「…じゃぁ、今度会いに行ってもいいですか?」
「……は?」
「魔界に、会いに行ってもいいですか?」
「会いにって…お前が?」
「はい」
「…俺に?」
「はい」
「……」
「…ダメですか?」

哀願するような雪菜の顔に、飛影が勝てるはずもなかった。
道が、揺らぎ始める。

「…なんで」
「え?」
「なんで俺に会おうなんて思うんだ」
「理由がないといけませんか?」
「……」
「飛影さんともっとお話がしたいんです」
「……」
「それじゃ、ダメですか?」
「………いや」



決めたはずの道は簡単に揺らいで。

会わないと決めた未来は簡単に崩れ去る。



「会いに行ってもいいですか?」
「お前は来なくていい」
「……?」
「俺が行く」





選んだのは君と交わる道。










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長…!(笑) やっぱり、飛雪で短い話を書くのは私には無理のようですよ(笑)
飛雪蔵の3人の会話を書いたのは初めてのような気がします。3人ではほとんど会話してませんけど(笑)
3人に愛を注いでいると主張している以上、3人の話も書いてみたいです。カップリングは関係なく。
ちなみに、飛雪を書いているときは蔵雪要素は皆無ですので。
雪菜ちゃんに会いたいと言われてしまっては、魔界に来させるわけにもいかないので、飛影が会いに行くことに。
妹想いの彼には断れないお願いでした。
2007*0906