ふと、すべての記憶がよみがえる。
忘れるなとでも言うかのように。

そう、また、この時期が来た。





Arrive





感じた気配に雪菜は顔を上げた。
すぐ傍ではない、もっと上にいる。
途惑うこともなく雪菜は家の屋根へと上った。


「どうしたんですか? こんなところで」


雪菜が声をかけると、相手は視線を一度向けただけで何も答えなかった。
その表情はいつも以上に硬い。


「来ていたなら、教えてくれればよかったのに」
「……」
「兄さん?」
「…今日は、お前に会いに来たわけじゃない」


飛影は雪菜を見ることなくつぶやいた。
雪菜は飛影に近づいて、飛影が難色を示すのを気にも留めずに隣に座った。


「一緒に祝ってくれるのかと思いました」
「……なにを」
「生まれてきたこと」


変わった顔色に、雪菜は気づかないふりをした。
今日がなんの日か知らないわけじゃない。
だから、もしかしたら来るのではないかと思っていた。


「俺にはめでたいことじゃない」
「どうしてですか?」
「…お前は、俺が憎くないのか」


飛影の言葉に雪菜は目を見開いた。
飛影は一度もこちらを見ない。


「俺は、いない方がよかっただろう?」


俺がいなければ母親が死ぬことはなかった。
お前が忌み子の片割れだと疎まれることはなかった。
母親の愛情の元で、もっと幸せになっていたはずだ。


「俺がお前から、すべてを奪ったんだ」







母親の声が聞こえる。
守れ、と言った。
この俺に、守れ、と。


なにを?
破壊しか知らない俺になにを守れというんだ。



無邪気な瞳を向けるお前が、憎らしくて、愛おしい。







雪菜は飛影から視線をそらさなかった。
飛影の言葉に腹が立ったし、哀しくもなった。


「あなたが悪いんですか?」


飛影の瞳が揺れた。
しかし、表情は崩れない。


無言を雪菜は肯定だと判断した。


「そうだと言うのなら、あなたを生んだ母も悪いということにはなりませんか?」
「…!」
「わかっていながら生んだ母も、母を愛した父も、なにも知らなかった私も、
 悪いと言うことになりませんか?」
「……」
「ただの堂々巡りですよ、兄さん。 誰も悪くなんてない」
「…俺は…」
「私は不幸に見えますか?
 あなたが私からすべてを奪ったというのなら、今の私は不幸ですか?」
「……」
「私があなたを憎んでいるのなら、私は今ここにはいない」


飛影の目が初めて雪菜を見た。
その表情はいつもと変わらないように見えるが、瞳は泣いているように見えた。




自分を悪いように言うくせに、しがみつくのだけは必死なんだ。

手放すこともできなくて、守れという言葉をあきらめ悪く護っている。




雪菜は優しく微笑んだ。
包み込むような温かい笑みだと飛影は思った。


「毎年そんなことを考えていたんですか?」
「……」
「優しいですね、兄さんは」
「…弱いだけだ」
「いいえ。ありがとうございます」






あなただけがたくさん傷ついて。

あなただけがたくさん気を遣って。

思いやってもらえる私は、世界で一番幸せだから。

だから、もう、そんなふうに哀しまないで。






寄り添って座っていた飛影の肩に、雪菜は頭を乗せた。


「今度はちゃんとお祝いしましょうね」
「…あぁ」
「大きなケーキにろうそくを立てて、歌をうたうんです」
「なんだ、その儀式は」
「人間界ではこうするんですよ」
「それは、楽しいのか…?」
「はいっ。とっても!」


飛影は想像してみたが、どうにもケーキとろうそくが結びつかなかった。
そんな飛影を見て雪菜は笑った。









こうやって笑い合えることができるだけで十分なんだ。

誰が悪いとか、そんなのは自信がない自分へのただの言い訳で。
相手のことも自分のことも想いやれなきゃ、大切になんてできない。

自分を愛せて初めて誰かを愛することができるから。

愛されることができるから。











傷だらけの君へ。

ハッピーバースデー。















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うちの飛雪はいつもこんなんな気が…(苦笑)
ほのぼのしてる話が書けないのです…;;
今後の課題ですね(苦笑)
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