いつもと変わらない平凡な会議の後。 ついて行くと言ってきかなかった我が子は、突然森に行きたいと言い出した。 探検がしたいのだ、と。 黄泉は乗り気ではなかったが、これから取り立てて予定があるわけでもなく、 断る理由が見つからなかった。 親バカだと言われてしまえばそれまでなのだが、 結局、大統領府の近くの森を、我が子と探検する羽目になった。 Glad to Meet You 「パパ、あれなに!?」 訊いておきながら、返答も待たずに、修羅は無邪気に駆けて行った。 妖力も知力も見た目以上に高いが、やはり子どもは子どもだ。 好奇心旺盛で、様々な知識を吸収しようとする。 「修羅。あんまり遠くに行くなよ」 見たこともない鳥を見つけて追いかけて行った我が子に、黄泉は声をかけた。 しかし、修羅は父親の声が聞こえていないようだった。 無我夢中の息子の姿を見て黄泉は苦笑したが、 なにかあっても自分でなんとかできるだろうと思い、のんびりついて行くことにした。 虹色の羽根を持った鳥が、艶やかに空を舞っている。 初めて見るその美しさに、修羅は誘われるように森の中を進んだ。 なんとも形容しがたい感覚に包まれながら、修羅が導かれた先は、湖のほとりだった。 森の中から急に開かれたその場所には、見たこともない生きものたちがいた。 聖獣と呼ばれるに相応しいくらいの気高さを持ち合わせているように見えた。 目の前の光景に圧倒されていた修羅は、聖獣たちの中心に誰かがいることに気がついた。 真っ白な着物に、緑がかった水色の髪。 陶器のように白い手が、傍にいる一角獣を撫でていた。 修羅に気がついたのか、その真紅の瞳がこちらを向いた。 「こんにちは」 なんの躊躇いも警戒もなく、着物の少女は笑いかけた。 そのとき、大空を舞っていた虹色の羽根を持つ鳥が、まっしぐらに少女の方へと飛んでいった。 少女が指先を伸ばすと、虹色の鳥はそこに止まった。 あまりにも慣れているその仕種に、修羅は驚いたような顔をした。 「それ、お前が飼ってるのか!?」 「いいえ」 「じゃぁ、なんで…?」 「お友達なんです」 少女がにこりと笑うと、傍にいた一角獣が甘えるように頬に鼻をすりよせた。 「友達…?」 「はい」 「ボクもなれる?」 「もちろんです」 恐る恐る少女の方へと近づいた修羅は、そっと手を伸ばした。 少女の指に止まっている虹色の鳥に触れる。 柔らかい毛並みのその鳥は、喉を鳴らしながら目を細めた。 聖獣は人一倍警戒心の強い生きものであるが、少女が傍にいるからか、 修羅が触れても少しも動じなかった。 「すごい…。なんでお前、こんなすごいのと友達なんだ!?」 「なんででしょう…気づいたら傍にいてくれたんです」 「もしかしてお前神の子か!?」 「…え?」 「だってこれ聖獣だろ!? 聖獣が傍にいるってことはお前もすごいんだろ!?」 「まさか。 私はそんなたいそれたものじゃありませんよ」 修羅の言葉に少女は苦笑した。 神の子だなんて、畏れ多いにもほどがある。 「この子たちは私の孤独を救ってくれるんです。だから、私が甘えて傍にいるんです」 「お前…淋しいのか?」 修羅の心配そうな顔に、少女は微笑んで答えた。 「今は大丈夫」 少女の微笑みに、修羅はなにか安堵にも近いものを感じていることに気づいた。 今まで会ってきた者の中に、こんなふうに笑う者はいなかった。 修羅には、少女が違う世界の住人のように見えた。 「あ、そうだ…お名前はなんと仰るんですか?」 「修羅だ。お前は?」 「雪菜、と申します」 少女はにこりと微笑んだ。 互いの名前を知ったそのとき、周りの空気が一瞬にしてぴしりと引きしまった。 後ろでゆったりと寝そべっていた真っ白な九尾の狐が、 なにかを知らせるかのように雪菜の背を鼻でつついた。 小鳥たちがざわめき始める。 虹色の鳥が大きな羽音を立てて、頭上を旋回した。 「どうしたの…?」 警戒し始めた聖獣たちを雪菜は不思議そうに見た。 自分は強い妖気もなにも感じない。 そんな雪菜をよそに、一角獣は前へと躍り出た。 「驚かせないようにと思って気配を消したんだが…逆効果だったようだな」 「パパ!!」 突然現れた黄泉に、修羅は驚いたように声を上げた。 黄泉なりに気を遣ってその高い妖力を隠したのだが、 逆に、敏感な聖獣たちを刺激してしまったようだった。 「もー!パパが来るとみんな怖がるからあっち行っててよ!」 「…酷い言われようだな」 黄泉は我が子のあまりの言いように苦笑してしまった。 「あの…!ごめんなさい!この子たち、悪気があったわけじゃなくて…」 「わかっている。安心しろ…これ以上進まない」 未だに警戒して唸り続ける一角獣を雪菜はなだめた。 「おやめなさい…!もう大丈夫だから…ね?」 「パパは怖いけど、ボクのいうことなら聞くから平気だよ」 ふたりの言葉に納得したのか、一角獣は緊張を解いた。 頭上を旋回していた虹色の鳥も、落ち着いたのか修羅の肩へと止まった。 自分の肩へ止まったのが嬉しいのか、修羅ははしゃいでいる。 そんな修羅を微笑ましく思いながらも、雪菜は黄泉の方へと行った。 「修羅さんのお父さまですか?」 「ああ」 「あ、私雪菜と申します…!」 「黄泉だ。息子が世話になったな」 「いえ…!私がお相手していただいたようなもので…」 雪菜の言葉の途中で、黄泉は笑いだした。 「…?あの…?」 「いや…失礼。俺の名を聞いても少しも動揺しないとはな」 「え…?」 「俺が怖くないのか?それとも知らないのか?」 「存じてます…!三竦みのお一人だって…。でも…」 そう言って雪菜は聖獣たちとはしゃいでいる修羅を見た。 「怖いとは思いません。だって、とても優しい父親の顔をされていますから」 「…!」 「なにかを大切にできる人を、怖いだなんて思いません」 「…変な女だな」 「え…変ですか!?」 「褒め言葉だ」 「褒め…られたんですか…??」 疑問符を浮かべる雪菜に、黄泉はただ笑っただけだった。 「ひとりでここに?」 「あ、迎えを待ってるんです」 「迎え…?」 「今、大統領府にいて…来るなって言われたんですけど、ついてきちゃったんです」 「修羅と同じだな」 「え、そうなんですか…?」 雪菜がそう言葉を返したとき、ふたりの会話は修羅の言葉によって遮られた。 「雪菜ー! パパなんてほっといて一緒に遊ぼうよー!!」 「…息子は父親よりお前の方がお気に入りのようだ」 そう言って黄泉は苦笑した。 「迎えが来るまで、相手をしてやってくれないか」 「はい、もちろん!」 黄泉の言葉に雪菜は笑って、修羅の方へと駆けて行った。 聖獣たちと戯れながらはしゃいでいる姿を見て、微笑ましいと思いながらも、 黄泉はちらりと木の上を見上げた。 「…お互い大変だな」 その言葉に応える者はいなかったが、黄泉は確かに視線を感じた。 相手は相当不服に思っているのだろうと思いながら、 それでも、黄泉はしばらくこの光景を眺めていようと思った。 ----------------------------------- 雪菜ちゃんと黄泉さんと修羅の話って…異色にもほどがある!(笑) でも、私の中ではずっと、修羅が雪菜ちゃんに懐いたら可愛いなーなんて妄想がありまして。 黄泉さんも、修羅にとっていい影響になるなと思うんじゃないかと。 母親の存在を雪菜ちゃんに見出してればな、みたいな(ホント妄想ですね) しかし、黄泉さんと修羅の口調がまったくわからず…;; キャラ違くてごめんなさい;; あと、雪菜ちゃんが魔界の聖獣とかと仲が良いのは私の中ではオフィシャルです(笑) どんな動物とでも仲良くなっていそう。 最後に木の上にいたのは…もちろん、お迎えに来たお兄ちゃんです。 ありえない光景に彼は大パニックです(笑) 2008*0208 戻 |