この手だけは離さない




渋滞につかまった車の中で、ラジオから流れる音楽だけが聴こえていた。
言葉もなく、沈黙だけが降り積もる。
耐えられなくなった雪菜が口を開いた。


「…ここで、いいです。 歩いて帰ります。」


シートベルトを外して車から降りようとする雪菜の手を蔵馬は掴んだ。


「危ないよ。 …ちゃんと送るから。」


久しぶりに目を見て話しをしたような気がして、雪菜はおとなしく従うしかなかった。
中途半端な優しさならいらないのに。


蔵馬は掴んだ手を離すタイミングを失って握り締めたまま車を運転した。
この手を離してしまったら、二度と戻れないような気がした。


なかなか進まない車にイライラが募る。
けれど、それ以上に手のぬくもりと居た堪れなさが身を焦がした。


たとえ彼女が泣き出しても、慰める方法などわからない気がした。






2006*1112