テーブルの上に飾られた、一輪のバラ。

「綺麗…」
「あぁ、これ?花屋で見かけて、つい…」
「バラ、好きなんですか?武器でも使いますよね」

首を傾げて見上げる雪菜に、蔵馬は少し考える素振りを見せた。

「好きっていうか…使いやすいっていうだけなんだけど…。
 …でも、そうだね。香りが好きかな」

そう言って蔵馬は、目を細めて花びらを撫でた。





Perfume





「今日はないんですか?」
「ん?」
「バラ」

テーブルを見ながら雪菜が言った。

「この間のは枯れちゃって…好きなの?バラ」
「え?」

いつかと同じ質問に、雪菜は目を丸くした。
蔵馬は話しながら、一緒に見ようと言っていた映画のDVDをセットしていた。

「…好きです」
「じゃぁ、今度また飾っておくね」

そう言って、蔵馬は微笑んだ。




ソファに並んで座って、DVDの再生ボタンを押す。
シリーズもののファンタジー映画で、もうすぐ最新作が劇場公開される。
それを観に行く前に、前作をチェックしておこうということになったのだった。


隣に座った距離がいつもより近くて、鼓動が高鳴る。
しかし、鼓動が速くなった理由は、距離のせいだけではなかった。

近いからこそわかる、甘い香り。
近づかないとわからないくらいのほのかさが、彼女らしいと思った。




「雪菜ちゃん」
「はい?」

エンドロールが流れる中、映画の余韻に浸る間もなく、蔵馬は雪菜の方を向いた。

「なんか…いい香りがするね」
「え…?…そ、そうですか?」

蔵馬の言葉に、雪菜は照れたように視線を逸らした。

「うん。抱きしめたくなる香り」
「…!」

手を伸ばした蔵馬に、雪菜の鼓動は跳ねた。

「あ、あの…!映画の話、しませんか…!」
「ごめん、気になって集中できなかった」
「え…っ!ご、ごめんなさい…」
「なんで雪菜ちゃんが謝るの」

恐縮した様子の雪菜に、蔵馬はおかしそうに笑った。
背に手を回して、軽く引き寄せる。
雪菜は困ったように蔵馬を見上げた。
翡翠の瞳に見つめられて、先程まで観ていた映画の内容など吹き飛んでしまった。

「これは…バラの香り?」

そう言われて、雪菜はどきりとした。
頬がみるみる染まっていくのが、自分でもわかる。

「そんなに好きだったんだね、バラ」
「…だって…!…蔵馬さんが、好きって言ったから…」

最後の方は消え入りそうな声だった。
耳まで染めながら、恥ずかしそうに蔵馬を見上げる。
蔵馬は驚いたような顔をしていた。

「……この香りは…嫌いですか?」

そう訊く雪菜に、答えるよりも考えるよりも先に、身体が動いていた。
背に回していた腕の力を強めて、雪菜の身体を包み込む。
触れた身体がいつもより熱くて、愛しさがさらに増した。

「…好きだよ」
「! …よかったです」

耳元で囁かれた言葉に、雪菜は嬉しそうに笑った。




「…ってゆーか、もーなんなの可愛すぎ」
「え…??」

蔵馬が脱力したかのように言った言葉に、雪菜は首を傾げた。
雪菜の頭に浮かんだ疑問符には答えようともせず、蔵馬は雪菜の肩に顔を埋めた。
ほのかに香るバラの香りが、密着したことで、よりはっきりとわかるようになった。
甘いけれど、洗練された優雅な香り。
好きな香りだと蔵馬は思った。

「…でも、困ったな」
「?」
「この香りを楽しむためには、こうやって抱きしめないとダメなわけだね」
「…えっ!?抱…っ!?」

焦った様子の雪菜に、蔵馬はくすくす笑った。
抱きしめていた腕の力を緩めて、蔵馬は雪菜の顔を覗き込んだ。
見つめると、透き通るような白い肌が、バラ色に染まっていた。

「…好きだよ、雪菜ちゃん」
「! ……はい…」

雪菜は困ったように目を伏せた。
蔵馬はただ微笑んで、そのバラ色の頬に口づけた。















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好きな人のものって好きになっちゃいますよね!っていうお話。笑。
蔵馬さんがバラの香りが好きって知ったその日から、
バラの香りの香水を雪菜ちゃんが使ってたら可愛いな…
なんて妄想がだいぶ昔からあったのですが、やっと形に出来ました。
本当は構想中の長編の一部で使うつもりだったのですが、長編をお披露目できそうにないので(笑)、
このくだりだけアウトプットしちゃいました。
2012*0819