「よぉ、久しぶりだな!」 「こんばんは」 「やっと来たか。オメェら遅ぇーよ!」 最初の一歩 久々に集まろうということになって、幽助の屋台に夜集合することになった。 最後に来たのは桑原と雪菜で、これで今日来るメンバーは全員そろったようだった。 「おし、じゃぁ、とりあえず乾杯でもすっか!」 そう言ってグラスにビールを注ぎ始めた幽助に、雪菜は不思議そうに尋ねた。 「あの、今日蔵馬さんは…?」 「あぁ、なんか最近アイツ仕事忙しいみたいでさ、誘えなかったんだよ」 「…そうなんですか」 雪菜の声のトーンが微妙に下がったことを、女性陣は聞き逃さなかった。 「なになに?雪菜ちゃんってもしかして…!?」 「そっかー。雪菜ちゃんにも春が来たのねー」 「???」 ぼたんと螢子の言葉の意味がわからず、雪菜は疑問符を浮かべた。 桑原がなにか叫んでいるが、みんなの耳には入っていなかった。 「蔵馬さんが来れなくて残念?」 螢子が優しい笑みを雪菜に向けた。 「…はい、それは残念ですけど、でも、お仕事忙しいなら…」 「蔵馬なら、呼んだらとんで来るんじゃない?」 「えっ、いいですよ…!申し訳ないです…!」 ぼたんの提案を雪菜は断ったが、そのとき既に幽助が携帯を手にしていた。 「もしもし、蔵馬ー?」 「!」 聞こえてきた言葉に、雪菜の視線が幽助へと向く。 幽助の携帯は、確実に蔵馬へと繋がっているようだった。 「オメェ今暇?みんなで集まってんだけどさ、来れる?」 幽助の声だけが響いて、蔵馬の声は聞こえない。 だけど、いつもの愛想のいい笑顔で受け答えしている姿が目に浮かぶ。 「っていうかさー、雪菜ちゃんがオメェに来てほしいって」 「! 幽助さんっ…!」 雪菜が思わず抗議したが、幽助は笑って見せただけだった。 電話の向こうに雪菜の声が聞こえるはずもなく、会話はどんどん進んでいく。 「おー、わかった、じゃぁな」 電話を終えた幽助は、携帯を切って雪菜の方を見てにこりと笑った。 「蔵馬、今から来るってさ」 その言葉に、雪菜はなにも言えなくなった。 来てほしいなんて言われたら、あの人は必ず来るだろう。 優しくて面倒見のいい人だから。 それは、自分に対してだけじゃない。 幽助の屋台は大繁盛しており、最近は屋台備え付けのカウンターでは足りなくなってきた。 そのため、屋台の前にいくつかテーブルが置かれている。 雪菜はそのうちのひとつに腰掛け、自分のために注がれたウーロン茶を一口飲んだ。 みんなからの視線が気になって、なんだか落ち着かなかった。 「雪菜ちゃんが恋する日が来るなんて、あたしゃ嬉しいよ!」 「恋の悩みがあったら、なんでも相談乗るからね」 ぼたんと螢子が嬉しそうに言った。しかし、雪菜は軽く首を傾げて見せた。 「これは、恋、なんでしょうか…?なんだか、違うような気がします…」 「え?ってゆーと?」 「尊敬の気持ちが大きいというか…蔵馬さんのことは人生の先輩として憧れてるんです」 「そうなの?じゃぁ、人として好きってこと?」 「はい。そうだと思います」 雪菜のその言葉を聞いて、桑原のテンションは上がった。 「なんだ、そうなんですか!安心しました!」 「安心…?」 「いえ、なんでもないです!いや〜、蔵馬はホントに尊敬できるヤツっスよね!」 「はい。頼りがいがありますよね」 「そうなんですよ!アイツは保護者的な存在ですから!」 なぜか蔵馬トークで盛り上がっている2人を横目で見ながら、幽助たちは苦笑していた。 「本人はあー言ってるけどさ…」 「あれはどう見ても恋する女の子の目よね」 「こりゃ蔵馬も苦労するね」 そう言いながら、雪菜が自分の気持ちを理解するときが来るのが楽しみだった。 「すみません、遅くなって…」 しばらくしてから、スーツ姿の蔵馬がやって来た。 いかにも仕事帰りという格好で、雪菜は申し訳なく思った。 自分が呼び出したことになっている手前、まともに蔵馬の顔を見ることができない。 「遅かったじゃねェーか。電話してから随分経つぜ?」 「ちょっとトラブっちゃいまして…。でも、もう解決したんで大丈夫です」 「マジで?…やっぱ、誘っちゃまずかったか?」 「いえいえ。お姫様の申し出を断るわけにはいきませんからね」 そう言って蔵馬はいたずらっぽく笑った。 蔵馬が雪菜の座っているテーブルの方へと近づくと、 近くに座っていた螢子とぼたんは気を利かせてその場から離れた。 ふたりきりにされるのは困る、と雪菜は内心思ったが、言葉にならなかった。 思った以上に緊張している。 今までこんなことなかったのに。 「久しぶりだね」 「は、はい…お久しぶりです…」 目を一瞬合わせたものの、雪菜はすぐにそらしてしまった。 蔵馬はいつもどおりの笑顔のまま向かいの席に座った。 雪菜はよく幽助や螢子たちとは会っていたが、蔵馬と会うのは何週間かぶりだった。 予定が合わないというより、接点がないといった方が正しかった。 会うときは大抵大勢で、ふたりで会ったことは数えるほどしかない。 相手のことをそれほどよく知っているわけではないのに、 会いたいと思ってしまう自分の気持ちが不思議だった。 ただ純粋に憧れている。それだけだと思っていた。 「なんか、見ないうちにまた大人っぽくなったね」 「そうですか…?あ、でも、身長はちょっと伸びましたよ」 「うん。綺麗になった」 その言葉に、雪菜の鼓動は高鳴った。 他の誰かに言われていたら、こんなに緊張しなかったかもしれない。 こんなに嬉しいと思わなかったかもしれない。 言葉が出なくなって、雪菜の視線は彷徨った。本当に、今日の自分はなんだかおかしい。 沈黙になっても蔵馬の表情は笑顔のまま変わらなくて、雪菜は言葉を紡がなければと思った。 「あの…、お仕事最近忙しいってホントですか?」 「うん、まぁ…ちょっとね」 「……ごめんなさい」 「? なんで雪菜ちゃんが謝るの?」 「だって、今日…」 雪菜はうつむいた。 呼び出したのは、自分だ。 「そのことなんだけど…」 蔵馬は一度言葉を切って、雪菜に問いかけた。 「俺に来てほしかったって本当?」 「!」 雪菜の視線は下を向いたまま、なにも言えなかった。 直接口にしたわけじゃない。でも、本当はそう思っていた。来てほしかった。 ただ純粋に尊敬している。それだけだと思っていた。 「やっぱり幽助に騙されたのかな。まんまと引っかかっちゃったよ」 そう言って蔵馬は苦笑した。 ビールを一口飲んで話題を変えようとした蔵馬を遮って、雪菜は口を開いた。 「…うそではない、です…」 蔵馬の顔は見られなかった。 視線は下を向いたまま。 なぜこんなにも、話すだけで緊張するのか。 わからないまま雪菜は視線を上げることも出来ずにいた。 蔵馬は目線が合わないことに少し苦笑して見せたが、すぐに雪菜に笑顔を向けた。 「ありがとう」 雪菜は顔を上げると、翡翠の瞳とぶつかってそらせなくなった。 自分でも体温が上がっていくのがわかる。 蔵馬の優しい瞳に吸い込まれそうだった。 「今度はふたりだけで会おっか」 「えっ!ダ、ダメですっ…!」 「ダメなの?」 頬を染めて焦っている雪菜を見て、蔵馬は苦笑した。 ふたりだけで会ったりなんかしたら、きっと今以上に緊張してしまう。 意識しすぎて身体が熱い。 蔵馬は鞄から紙とペンを取り出して、なにかを書いた。そしてそれを雪菜に差し出す。 「これ、俺の携帯の番号とアドレス。まだ教えてなかったよね」 「は、はい…。あ、でも、私携帯持ってなくて…」 「うん。だから、連絡してくれるの待ってるよ」 自宅にかけると桑原くんに邪魔されそうだからね、と蔵馬は笑った。 「よかったらいつでも連絡して。あ、忙しそうとか気遣わなくてもいいからね?」 そう言われて、雪菜は紙を握り締めたまま頷くことしかできなかった。 なにが起こったのかまだ頭が理解していないような、そんな状態だった。 接点がなかったはずなのに、繋がりができた。 いつでも、会いたいと伝えることができる。 ただ純粋に好きなのだと知った。 ----------------------------------------- 蔵←雪な感じで。でも、脈ありです(笑) 恋に発展していく前のお話を書いてみました。 雪菜ちゃんは好きだっていう気持ちに初めて気づいたんですけど、でもまだやっぱりしっくり来ていなくて。 蔵馬さんの方もまだ、可愛い妹的な感じに思ってる、みたいな。 天然な雪菜ちゃんに、これから蔵馬さんは苦労するんじゃないかと思います(笑) 2007*0329 戻 |