こわい。

そんなSOSを受け取ったのは初めてだった。
何も手につかなくなって、居た堪れずに駆けつけた。
呼んだ相手は、居候先でもなく、いつもの道場でもなく、河原にうずくまって膝を抱えていた。



「どうした」
「…飛影さん…」

見上げた彼女の瞳が不安げに揺れ、身体が小さく震えていた。
しかし、縋るでもなく彼女は申し訳なさそうな顔をした。

「…ごめんなさい…」

急に呼んだことを詫びているのだろう。
そんなものは必要ないのに。

飛影は雪菜の傍に屈み込んだ。

「どうした…?」

何が起きているのかまったくわからなかった。
初めは、また何か危険に巻き込まれたのかと思ったが、どうやらそうではないようだった。
ただ、何かに耐えている。
まるで小さな子どものようだった。

「…ごめんなさい、なんで呼んでしまったのか…自分でもわからなくて…」
「別に理由なんてなんでもいい」
「……私、ただ…会いたくなって…」
「…そうか」
「…こわくて…飛影さんに会いたくて…」
「わかった。…大丈夫だ」



自分でもわからない不安に苛まれている。
彼女が闘っているのは、孤独か過去か傷痕か。
あるいはすべてか。

「…ときどき居場所がわからなくなるんです…」
「……」
「私…ちゃんとここにいますか?」
「大丈夫だ」
「…ちゃんと存在してますか?」

どこにいても、どこにも居場所なんてなかった。
どこにいても、どこにも存在していなかった。
それが、私の人生だった。
だから。

「ちゃんとここに存在してる」
「……飛影さん…」
「一緒にちゃんと生きてる」
「!」

飛影は震える雪菜を抱きしめた。

「俺たちは、ここにいるんだ」

今、ちゃんと共にここにいる。
ここに生きてる。
いらないと蔑まれた日々は、もう過去なんだ。



苦しくて。淋しくて。
だから、お互いを求め合う。
一度離れ離れになっても、再びめぐり逢えたのは、お互いが必要としていたから。
切なくて。愛しくて。求めずにはいられなかった。

笑顔で気丈に振る舞いながら、どこか儚げで、本当は脆くて。
心の奥底まで簡単に曝け出すことはしない。できない。
そうやって生きていくことしかできなかったから。
耐え抜いて生きてきたから。

だから、本音を受け止められるのは、自分しかいないんだ。

飛影は、雪菜の小さな身体を強く強く抱きしめた。
言葉で安心させることは得意ではない。
だから、こうすることしかできない。
傍にいて、離さない。
そうやって護っていくと決めたから。



「……すぐに、大丈夫になりますから…」
「……」
「だから…もう少しだけ、傍にいてください」
「…ずっと傍にいる」
「…!」
「だから、何も心配はいらない」



守りたくて護りたくて、しかたない。

愛しくて愛しくて、しかたないんだ。



耐えて自分を護ることしか知らない彼女を、この手で護り抜きたい。

だから、傍にいて抱きしめることしかできなくても、何もできないよりもマシだと思った。
離れて突き放すよりも、ずっとずっとマシだと思った。

こんなに大切だと想えるものは、きっと自分の生涯の中でないのだろう。
いつも自分を突き動かすのは彼女で。
いつも安らぎを、温かさを与えてくれるのは彼女で。



愛しいという感情を教えてくれたのも、彼女なんだ。







「……あの、本当に…ごめんなさい…」

いくらか冷静を取り戻したのか、雪菜は恥ずかしそうにそう言った。
ひとりで混乱して不安がって彼を呼ぶなんて、子どものようだ。
だけど、無性に会いたくてしかたなかった。
傍にいてほしかった。

「私、まだまだですね」
「お前は我慢し過ぎなんだ」
「…!」
「いつでも呼べばいい」
「…飛影さん…」
「俺の前では遠慮する必要はない」


そう言ってこちらを真っ直ぐと見る飛影の姿に、
雪菜は今までの不安が嘘のように消えていくのを感じた。

絶対的な味方。居場所。存在。
それがあるのだとすれば、間違いなく彼だ。そう思えた。
たった一言で駆けつけてくれる彼の存在が、とても大きく頼もしく、そして心強く思えた。

雪菜はそっと飛影の袖を掴んだ。


「…来てくれて、ありがとうございます」
「そんなの…当たり前だ」
「飛影さんが傍にいてくれたら、私きっと…何も怖くありません」
「…そうか」
「でも……」
「……」
「また、会いたくなったら…傍にいてくれますか?」
「…言っただろ。遠慮する必要はない」

いつでも駆けつけて、いつでも傍にいる。

「不安になったらすぐに呼べ」
「……」
「すぐに行く」


何よりも優先したい。
誰よりも大事にしたい。

どうしようもないくらい大切で、どうしようもないくらい愛しくて。



こんな想いを教えてくれた彼女を、切ないくらい愛しく思う。







切ないくらい愛しく思う

2011*1200
title by Honey Lovesong