my place 「秀一ー! ご飯よー!」 「今行くー!」 初めはこんな幸せいらなかった。 必要なかった。 愛なんて抽象的なもの信じていなかった。 ここを居場所にしようとなんて思ってなかったんだ。 「今日の夕飯もうまそうだね。」 「まぁ、ありがとう。」 「秀兄! あとで数学教えて!」 「あ、そっか。 もうすぐテストだっけ?」 他愛もない会話をしているときが一番幸せで。 きっと、なにものにも変えられはしない。 守りたいものがこの手にあって、いるべき場所がここにある。 それだけで十分。 欲しいものなんて何もない。 今ここにいられれば、それで。 「秀一くん、たまには有給休暇使ってもいいんだよ? 君はよく働いてくれてるし。」 「秀一でいいですってば、父さん。」 「え、あ、そっか。 …秀一も、敬語使わなくていいんだよ。」 「いや、これは半分クセみたいなもんで…。」 「やっぱややこしいよなぁ。 同じ名前なんて。」 「だよね。」 「俺が改名しようか? “秀二”にでも。」 「あ、それいいね。」 「え、まじで?」 同じ名前の弟に出逢うなんて、運命だろうか。 運命だなんて信じてる自分がなんだかおかしい。 でも、今目の前にいる人たちと出逢うことは、きっと、運命だったんだ。 だって、そう思えるくらい幸せ。 俺の荒んだ心を癒してくれた女性は、いつもたおやかに微笑んでいて。 彼女がいなければ、今の俺は存在しない。 俺は、彼女に救われたんだ。 俺がいなければ、彼女の“本当の子ども”は生まれていた。 俺はそれを奪ったんだ。 たくさんの嘘をついて、たくさんの愛を欺いて。 でも、それでも、彼女は笑ってくれるから。 惜しみのない愛をくれるから。 ごめんね、母さん。 俺はなにも後悔してないよ。 「今度みんなでどこか行きましょうよ。 今の季節なら花も綺麗だし。」 「そうだね。 秀二のテストが終わったら行こうか。」 「え、秀二決定!?」 「冗談だよ。」 今の幸せのためになら、なんだってできる。 守るべき人を守り通せる自信がある。 失えないものがあるから。 変えられないものがあるから。 手放すことで守れると思っていたあの頃とは違うんだ。 今この瞬間を抱きしめるこの腕で、必ずすべてを守るから。 この居場所が俺が守る。 たとえ、この命に代えてでも。 2006/08/07 拍手公開 2006/09/23 再掲 戻 |