「おい!大変だ!雪菜ちゃんがっ…!」 それは突然の報せだった。 「とにかくすぐに来てくれっ!」 幻海の道場の庭。 着いたのはすっかり日が暮れた頃だった。 小さな火が、花のように舞っている。 微かな火に照らされて、楽しそうに笑う雪菜の姿が目の前にあった。 「…おい」 「ん?」 「何が大変なんだ」 「何がって……可愛さが?」 ふざけた幽助の受け答えに、飛影はさらに険しい視線を向けた。 「そんな顔すんなよ。いいじゃねぇかよ、たまには」 「……」 「せっかく浴衣姿見せてやろうと思って連絡してやったのに」 「…余計なお世話だ」 「んなこと言って、可愛いと思ってるくせに」 「黙れ」 視線の先にいる雪菜は、螢子やぼたんとともに花火片手にはしゃいでいる。 あんな小さな火のどこが楽しいのか。 飛影には理解が出来なかった。 雪菜の姿は、いつも着ていた厚手で無地の着物とは違い、 淡いピンクに大柄の花があしらわれた薄手の衣に、紫の飾り帯といった華やかな印象だった。 確かに普段では見られない装いなのだろう。 しかし、どのような格好をしているかは、飛影にとってはあまり興味のないことだった。 雪菜が笑っているのならば、なんでもいい。 ただ、危険な目にさえ遭っていなければ、それだけで十分だった。 今は楽しくやっている。それだけでいい。 だから、ここに長居する必要はないと思った。 花火のあとは、久しぶりに集まったのだからと、酒を交えての宴会が繰り広げられた。 騒ぎ疲れてみなが寝静まったのは、うっすらと空が白みはじめた頃だ。 帰ろうとしても引きとめられ、酒を進められ、飛影はなかなか離れることが出来なかった。 そういえば、暗黒武術会の時も遅くまで酒を飲んで騒いでいたことを飛影は思い出した。 人間とは、よほど宴会が好きらしい。 危険がないのなら未練はない。 そう思って、飛影は障子を開けて道場の庭へと出た。 「もうお帰りですか?」 「…起こしたか」 予期せぬ声に内心どきりとして、しかし平静を装いながらも飛影は振り返った。 今は浴衣ではなく普段着に着替えた雪菜が、障子の隙間から顔を出していた。 「いいえ、起きてました」 そう言いながら、縁側へ出て、みんなを起こさないように後ろ手でそっと障子を閉めた。 「お引き留めしてしまってすみません」 「…いや」 「お仕事ですか?」 「ああ」 「そうですか…気をつけて帰ってくださいね」 「…ああ」 会話が成り立っていないことには飛影自身も気づいていた。 しかし、仕方ない。誰かさんのように饒舌にはしゃべれない。 「…見送りはいいから、さっさと休め」 騒ぎ疲れただろう?そんな目で飛影は雪菜を見た。 規則正しい生活を送っている雪菜は、明らかに眠そうだ。 「平気です」 「そうは見えんが…」 「あの…」 「…なんだ」 「また、会えますか?」 「………気が向いたらな」 そう言った飛影は、そっけなく答えたつもりだった。 しかし、その言葉を受けて、雪菜は嬉しそうに笑った。 また会いに来る。 その意図が雪菜にはしっかり伝わっていた。 それがなんだか居た堪れなくなって、飛影は口早に言った。 「あいつらに、下らんことでもう呼ぶなと伝えておけ。…もう行く」 「はい。いってらっしゃい」 微笑む雪菜を飛影は一度だけ見て、姿を消した。 いってらっしゃい。 それは、これから魔界に帰る者に向けての言葉としては不適当だろう。 しかし、嫌な気がしないのは、それを言ったのが彼女だからだ。 そう言われると、またこの場所に戻りたくなる。 それをわかって言っているのか。 雪菜の真意は飛影には到底理解できるものではなかった。 空がわずかに白みだし、また新しい1日が始まろうとしている。 微かに後ろ髪を引かれる思いがしながらも、見送る雪菜に背を向けて、飛影は人間界をあとにした。 |
旅立ちの朝来たるとき
2012*0214
title by Honey Lovesong