パトロールを終えて、疲れきった身体を引きずりながら飛影は自室の扉を開けた。 「おかえりなさい」 そこには、とびきりの笑顔で微笑む雪菜がベッドに腰掛けていた。 失わないもの 「お疲れさまです!」 あまりにも雪菜が無邪気な笑顔で言うので、飛影は驚くタイミングを失った。 わずかに微笑を見せて、雪菜の隣に腰掛けた。 「お前の行動はいつも唐突だな」 飛影がそう言うと、雪菜は嬉しそうな顔をした。 褒めてないのに、という飛影のボヤキすらも気になっていないようだった。 「誰と来たんだ?」 「ひとりです」 「………オイ」 「はい?」 「誰かに付き添ってもらうか連絡しろっていつも言ってるだろ」 「大丈夫だっていつも言ってるじゃないですか」 「お前の大丈夫は当てにならん」 心労を増やすなと飛影はため息をついた。 そんな飛影に雪菜は笑顔を見せて言った。 「兄さんはホントに優しいですね」 「…俺は呆れてるんだが?」 「でも怒らないでいてくれるから、私はこうやって来られるんですよ?」 「…怒れと催促してるのか」 「まさか。だから、兄さんが優しいって話じゃないですか」 「……まぁ、いい」 飛影は根負けしたのは、苦笑して引き下がった。 思い返せば、飛影が雪菜に口で勝てたことがない。 飛影は隣で膝を抱えて座っている雪菜を見た。 時折睫毛を伏せて物憂げな表情を見せる。 それが気がかりだった。 一緒にいると疲れなど吹き飛んでしまうほどの存在だから、 放っておけるわけがなかった。 「…なにか、あったのか?」 飛影の問いかけに雪菜は驚いたような顔をして、静かに首を横に振った。 「なにも。なにもないですよ」 「……」 「…なにもなさすぎて、逆にそれが淋しくなっちゃって…」 「……」 「もうすぐあそこには、いられなくなるから」 「…仕方がないことだ」 現実が、すぐそこに見える。 ずっといられればと思っても、自分は違うのだと認識させられる。 不確かな自分の居場所を、また失うのだ。 「いつまでも若くて綺麗だね、って言われても、その言葉にいつか限界が来る…。 …やっぱり、まだ、受け入れられはしないんですね」 「すぐに受け入れられるのなら苦労はしない。今はまだ、人とは生きていけないんだ」 「…いつかは別れなきゃいけないんですもんね」 「あぁ」 「遅いか、早いかだけで、いつかは…」 「…“同じ”じゃないんだ。もともと世界が違う」 「…はい」 「お前は…」 「私はまた、居場所を失うんですね」 「……」 「大切なものは、いつも簡単に壊れてしまう」 流木のように漂うだけ。 どこにも留まることができないまま、流れるだけ。 いくつも失って、いくつも壊れてゆく。 自分だけがとり残されてゆく。 次はどこに流れてゆくのだろう。 淋しげに揺れる雪菜の瞳を見て、飛影は口を開いた。 それはずっと胸の中にあった言葉だった。 「一緒に暮らすか」 「…え…?」 「俺は簡単に消えたりしない」 「……」 「だから、失うことはない」 「…兄さん…」 雪菜の頭を飛影はくしゃりと撫でた。 「お前は、あいつらの前では笑っていろ。シケた顔は似合わん」 「はい…!」 くすぐったそうに雪菜は笑った。 弱音を吐きたくなったら、いつでも来たらいい。 なんでも聞くから。 「パトロール、お手伝いしますよ!」 「…ここに住むつもりか」 「え? 違うんですか?」 「ここにお前を置いとくわけにはいかん」 「…やっぱり、お邪魔ですか…?」 「そうじゃなくて…。ここは…悪の巣窟だ」 「…え?」 きょとんとする雪菜に、飛影は真剣な顔だった。 ここで雪菜と暮らすのは、どうやら本気で嫌らしい。 「まだ先の話だ。場所はゆっくり考えるぞ」 「はい!」 翳りのない雪菜の笑顔に、飛影もまた目を細めた。 この笑顔のために進みたい道がある。 守りたい場所がある。 この居場所だけは決して失わせはしないから。 壊れたりなどしないから。 もうすぐあそこにはいられなくなる。 さよならのときが来る。 受け入れられない世界がある。 「たまに会いに行ってやればいい。永遠の別れじゃないんだ」 まだ、永遠ではない。 そのときは、もっとずっと先だから。 先のことは心配しないで、今だけを大切に。 今だけを考えて、その笑顔をふりまいて。 この瞬間を抱きしめて。 太陽のような笑顔を失くすことだけはしないで。 それだけをみんなが願っているから。 現実が、すぐそこに見える。 だけど、それは終わりじゃない。 ------------------------------------- また暗い話を…(笑) 飛雪でほのぼのとした明るい話が書けません;; ていうか、短編自体無理だ…(えー) 読んでくださってる方は、明るい話と暗い話、どちらをお求めなのでしょう…? 2006*1112 戻 |