愛する人に想いを伝える そんな素敵な日





Valentine-Day





今日が何の日か、今の今まで忘れていた。


「…うわ」


これが学校での本日の第一声。
彼はただ、目の前の光景に呆然とするしかなかった。
幼少の頃から、“この”容姿には苦労させられる。


「おはよー、南野。なに靴箱の前でぼっとして……うわー…」


クラスメイトも同じ反応。
無理もない。誰が見てもそう言うだろう。

彼の靴箱の中には、これでもかというくらいに詰め込まれたたくさんの華やかなもの。
どうしたらこんなに入るんだろうか、という感じだ。
そう、今日はセイントバレンタインデー。
女の子が男の子へ、愛を伝える日。

女の子からチョコレートをもらえるということは嬉しいことだが、
食べ物と靴が一緒に入っているというのは、あまりいい気分ではない。


「なんていうか、毎年のことだけどすげぇーな…」
「……今日だってこと忘れてたよ」
「うらやましいを通り越して恐ぇーよな、ちょっと」
「……はは」


乾いた笑いしか出てこない。



「なぁ、南野」


哀れみを含んだ、友人の一言。


「紙袋貸してやろーか?」







今年で卒業ということもあって、例年以上に数が多い。
こんなにたくさんのチョコをもらっても、そのほとんどが匿名希望。
直接彼に渡す者は、ほとんどいない。

彼はいわば、この学校の王子様的存在で。
この学校のほとんどの女子が彼に夢中で。
いつしか暗黙の了解が出来ていた。

抜け駆け禁止。
彼のファンの常識である。





「南野ー、大変そうだなー、その荷物」
「うらやましいぜ、このヤロー!」
「机とかロッカーにもなんか置いてあったぜ」
「モテる男はつらいねー!」


「…ありがとう」


どんどん増えていくチョコレートに、彼は憂鬱になる一方だった。





どんなにたくさんのチョコレートをもらっても。
間接的では伝わらない。

名前も顔も性格も、知らない誰かがくれたチョコレート。
本命か義理かもわからない。

くれた想いはもちろん嬉しい。
でも、もらった自分はどうすればいい?
想いを返すことも出来はしない。


そう、だから。
彼にとってはそんな憂鬱なバレンタインデー。





「そんだけチョコ食うのって大変だよな」
「まぁね…」
「全部食えよ?それが宿命だからな」
「……やっぱり?」
「いいよなー、毎年それだけもらえりゃ満足だろ?」
「そうでもないよ」
「はぁー?俺なんか全然もらえないっつの」
「…本命もらえるじゃないか」
「まぁな」


嬉しそうな微笑み。
この日の友人は、いつも以上に幸せそうに見えた。


別に彼女がほしいとか、そういうわけではないけれど。
羨ましくないといえば、嘘になる。
自分のことをまっすぐ見てくれる、たったひとりの人から貰いたい。





チョコレートの嵐は止むことはなく、帰路についた頃には彼はすでに疲れきっていた。
両手には数個の紙袋。
その中はもちろん、チョコレートでいっぱいだ。


日も沈みかけた冬の夕方。
彼はふと、家の前に人影を見つけた。
白い息を吐きながら、ただ、家の前に立っている。

美しいというにはまだ幼く、可愛いという言葉では何か足りないようなその少女は、
彼に気づいたかのように、視線を向けた。
その華やかな笑顔とともに。


「おかえりなさい」
「どうしたんですか?こんな時間に…」
「どうしても、今日渡したいものがあったので…」


今日はバレンタインデーだから。
彼女が日頃世話になっている人にチョコを渡すことは、今では当たり前のこととなっている。


「中で待っててくれてよかったのに」
「志保利さんにもそう言われたんですけど、なんとなく外で待っていたくて」


白い息を吐きながら、彼女は屈託なく笑った。


「…たくさん、いただいたんですね」
「…えぇ、まぁ…。でも、ほとんど誰がくれたのかわかりませんけどね」
「そうなんですか?」
「本命か義理かもわかりませんよ」
「でもきっと、たくさんの想いが詰まってるんでしょうね」
「……そうですね」


困った顔をして返答する彼を、彼女は真っ直ぐ見つめて。
そして、自分が持っていた包みを差し出した。


「…あの、私のも受け取ってもらえますか?」
「もちろんですよ。毎年ありがとうございます」



こんな風に面と向かってくれる人は、そんなにいないから。
他のチョコレートとは、重みが違うような気がした。

みんなに配っているわけだから、彼女にとっては完全な義理だろうと、そう思っていた。
だから、次の言葉を理解するのにかなりの時間を要した。




「本命、ですよ」


「…え…?」




聞き返したときにはすでに、彼女はその愛くるしい微笑みだけを残して

「では、おやすみなさい」

走り出していた。



その後ろ姿を、ただ彼は見送った。
彼女の言葉を、反芻させながら。







ねぇ、きみは、その言葉を理解ってる?










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靴箱にチョコという超ベタな展開(笑)
まぁ、実際、ありえませんけどね。 そんなこと。
蔵馬さん高校最後のバレンタインという設定です。
っていうか、普通に考えたらこの時期3年生は学校に来てませんね(笑)
蔵雪なのかは微妙な感じの話…(笑)
2006*0214