1.

「今日からお前はワシのものだ」

そう言ったあなたの言葉と顔を、恐らく私は一生忘れない。



*



「お前ら氷女という化け物は、この呪符に触れるだけでヤケドをするそうだなァ」

目の前の人間が呪符を突きつけながらそう言う。
私はただ、震えることしか出来なかった。
目の前の人間は、ほくそ笑みながら、私に呪符を近づけた。

「や、やめて…!!」
「それェ!」

ジュウウ…。

「あぁあっ…!!」
「ひゃあはは! そうだァ、もっと泣け! 涙をたくさん流せ!!」

焼け焦げていく自分の腕と、汚く笑う目の前の人間の顔。
足元には、いくつもの氷泪石が転がっていた。

この日から、私は垂金権造の所有物となった。


*


「ここがお前の部屋だ」

連れて来られたのは、椅子とテーブルとベッドしかない簡素な部屋。
そして、物々しいほどの呪符。部屋に入っただけで、寒気がした。

「氷泪石などもうただの噂だと思っておったが…。ワシはついとるわ!
 氷泪石だけでなく、それを生み出す本体まで手に入れられるとは!!」
「…お願い。私を帰らせて…!」
「そんなことできるわけがなかろう」
「…お願い…!!」
「お前の仕事は涙を流すことだ! それ以外のことを考える必要などないわい。
 忘れたか? お前はワシの“もの”じゃ。そう簡単に手放しはせん!」

男はそう言い捨てて、笑いながら部屋を出て行った。

「……っ…」

あとからあとから涙が溢れて止まらなかった。
泣いちゃいけない。
そう思いながらも、それを止めることなど出来なかった。

心細さと不安と恐怖と、そして絶望。
それらすべての負の感情が、私を支配した。
これからの生活がどれほど辛いかだなんて、想像もつかない。
でも、ただひとつわかることは、誰も助けに来はしない。
それだけだった。

無数に転がる氷泪石。
いつまでも泣いていられるような気がした。
あの男が、氷泪石を見て喜ぶだろうとわかっていても、
このまま泣き続けていられるような気がした。


*


「下界へ降りては駄目よ」

泪さん――母の友人――に、何度も言われた。
それが氷河の国での掟だった。

なぜ、私はそれを守らなかったのだろう。
こういう事態が予測できなかったわけじゃない。
だけど、まさか自分がこんな目に遭うだなんて思っていなかった。
なんて愚かな話だろう。

これは、掟を破った私への罰?


*


「おい、本当にあの子妖怪なのか?」
「お前だって見ただろ? 涙が宝石になるとこ」
「それは…そうだが…。見た目は、まるで人間だ…」
「そりゃ、よく見りゃ可愛いけど…。なに? あーゆーのが好み?」
「そんな話してるんじゃないっ!」
「わかってるさ。…可哀想だとも思うけど、あれは、垂金様の大事な商品なんだ」
「……」
「妙な気起こすなよ。俺たちは金貰って働いてんだよ。与えられた仕事をすれば良い。
 …従わなきゃ自分が殺されるんだぜ」
「……わかってるよ」

使用人の中には、私に同情してくれる人もいた。
奇形な形をしたあの男のコレクションしか見たことのなかった彼らにとって、
人間と同じ形をした私は、余程ショックだったのだろう。
でも、それだけだ。
彼らにとっても、結局、私はものでしかなかった。



毎日が苦痛だった。
繰り返される拷問の日々。
殴られ、蹴られ、切り裂かれ…。

いつしか腕の火傷は消えなくなった。
血まみれになった日もあった。
消えない傷がいくつも残った。


けれど慣れとは恐ろしいもので、数年でちょっとやそっとのことでは泣かなくなった。
心を凍てつかせることなんて簡単だ。
感情なんて無くしてしまえばいい。
痛みなど耐えればいい。

私が役に立たないとわかれば、あの男はあっさり捨てるかもしれない。
それとも殺すだろうか。
それでも構わない。
冷気が使えない今、自分で命を絶つことはできないから。


どうせ死んだところで誰が哀しむ?
親はいない。
国でも、それほどいい扱いを受けてはいない。
母が関係しているらしいが、よくは知らない。

泪さんは、もしかしたら哀しんでくれるかもしれない。
…でも、本当は、私がいなくてせいせいするのかもしれない。
今まで育ててくれたのは、きっと義理。



…もう誰も信用しない。
人間も、妖怪も。















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