あなたと出逢えたことは
運命だと思うの


Scene1:「To meet you was destiny」





「南野。先生はやっぱり進学すべきだと思うぞ」
「ですから、それは…」
「学年トップのお前が大学に行かないなんてもったいない!
 留学だって夢じゃないんだ。もう一度考え直せ!」
「先生。何度言われても俺の気持ちは変わりませんので。…失礼します」

南野秀一は、聞き飽きた教師のセリフを一蹴して職員室を出た。
誰も自分の気持ちを理解してくれない。
秀一はうんざりしながら校舎の廊下を進んだ。




この学校は、小・中・高一貫の私立の名門だ。
エリートぞろいの教師にとっては、進学しないものは未知の存在であるらしい。
まして、南野秀一は、学年トップどころか歴代トップ。
だから、なおさら納得できないのである。



秀一の足は、自然と図書館へと向かっていた。



図書室ではなく図書館。
この学校には図書専用の別館が存在する。
規模はかなりのもので、ありとあらゆる書物がそろっている。
中高共同で使われている割には、利用者はあまり多くないが、
建物は西洋を彷彿させる造りになっていて、趣きがある。
この学校で、おそらく一番静かなところだろう。





「…困ったわ…」

自分の身長よりも遥かに高い本棚を見上げて、少女はため息をついた。
目当ての本に手が届かないのだ。
どれだけ背伸びをしてみても、かすりもしない。
諦めて他の本を借りてもよかったのだが、それはなんだか悔しい。

少女は辺りを見回してみた。
すると、通路の奥の方に古びた脚立があるのが目に入った。
これは使えると、少女はその脚立を引っ張ってきた。
木製のその脚立は、かなりの年代物のようで、
乗ったら壊れるんじゃないかというくらいに古びていた。

「…いくらなんでも、乗ったら危ない脚立なんて置いてないわよね…」

そう思って脚立に足をかけた。
多少揺れただけで、倒れる様子はない。
少女はそのまま脚立を2,3段上った。
目当ての本に手を伸ばしたその瞬間、脚立は安定を失くし、傾いた。

「あっ…!」

脚立とともに、少女の身体も床へと投げ出される。
少女は衝撃を覚悟して硬く目をつぶったが、感じたものは予想していたものとは違うものだった。
なにが起こったかわからず、少女が恐る恐る目を開けると、
そこには整った顔立ちの青年の姿があった。

「…大丈夫?」
「……え、あ…はい…」

自分がこの青年の腕に助けられたのだと理解するまでに、少女はかなりの時間を要した。
「あっ、ごめんなさい。大丈夫です…!ありがとうございました…!」
少女はあわてて青年の身体から離れた。
その様子を見て、青年はわずかに微笑んだ。

「この脚立は使わない方がいいよ。こけた人いっぱいいるみたいだし」
「そうなんですか?」
だから通路の置くに追いやられてたのかと少女は妙に納得した。





「どれ?」
「え?」
「本。取ろうとしてたんでしょ?」
「…あ、『パラダイス・ロスト』です。ミルトンの…

少女がいくら背伸びをしても届かなかった本を、青年は軽々と取ってみせた。

「はい」
「ありがとうございます。背、高いんですね」
「そうかな?普通だよ」
「私じゃ届きませんもん」
「いいんじゃない?女の子なんだし」

そう言われて少女は目を瞬かせた。
青年は軽く首を傾げて微笑むと、「今度から気をつけてね」と残して、
本の壁の中へと消えていった。

どこかで見たことがあるような気がする。
少女、白鳥雪菜は、青年の姿があったところを見つめながらそう思った。










「桑原くん!」
「南野!遅ェよ」
「ごめんごめん、図書館よってて…」

校門で秀一を待っていた青年は、待ちくたびれたという顔をした。
実際には、そんなに待ってはいないのだが。

青年の名は桑原和真。秀一より2コ下の高校1年生だ。
中等部の頃に出会い、それ以来こうして放課後一緒に遊んだりするほど仲良くなった。
桑原は年下だが、秀一に敬語は使わない。秀一も、別にそれを気にしてはいなかった。

「ホント、図書館好きだよな」
「静かで落ち着くからね」
「俺なんて本見ただけで眠くなっちまうぜ」
「ははっ。あ、そういえば、図書館で可愛い子に会ったよ」
「まじでっ!? どんな子!?」

桑原は女の子に詳しい。
だから、可愛い子は、たいてい桑原に聞けばわかるのだ。
以前秀一がそう言うと、お前が知らなさ過ぎるんだと言われてしまったのだが。

「中等部の子で、背が小さくて、色の白い、上品そうな…」
「それって、めちゃくちゃ可愛かったか?」
「え? …あぁ、そうだな…。美少女って感じかな」
「じゃぁ、多分雪菜さんだっ!図書館好きだって言ってたし。
 中等部の3年で、成績は常にトップクラス!中等部の白雪姫って言われてんだぜ」
「それはすごい」
「ってか、お前雪菜さんのことも知らないのかよ!? 超美人で有名じゃねェーか!」
「…いや、名前は確か中等部のランキングで見たことあるような気がするんだけど、顔までは…」

それを聞いて桑原は盛大なため息をついた。

「可愛い子チェックは男の基本だろ」
「………そうか?」


中等部までチェックしてるなんて相当のものじゃないか、と秀一は思った。
だいたい、中等部の情報はそんなに高等部まで届いてはこない。
去年まで中等部にいた桑原と違って、自分は彼女のことを知らなくても普通だろうと思った。



「だいたいお前はなぁ、格好良いくせに女の子に対して疎すぎんだよ」
このあと秀一は、しばらくの間桑原のおせっかいなアドバイスを聞く破目になったのだった。















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パラダイス・ロスト=失楽園。笑。 幽白ファンにはお馴染みの本ですよね。
雪菜ちゃんに名字がないといろいろと困るので、声優の白鳥由里さんから拝借。
全編通して、南野さんは敬語は使いません(先生との会話を除いて)
2006*0929



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