4.

「これが使い羽達が念信してきた映像だ」

そう言って、コエンマはスクリーンに映像を出した。
スクリーンに映し出されたのは、整った顔の少女。

儚い。
一言で言うなら、そんな感じだ。
妹の姿を見るのは生まれたとき以来だ。
正直、この映像だけでは妹だという実感はなかった。

「雪菜は骨爛村という廃村の、ある屋敷に幽閉されている。
 監禁しているのは、垂金権造という宝石商の男だ。
 氷泪石のおかげで、裏社会でのし上がったようだな」
「……」
「雪菜がこの男に捕らえられてから、すでに5年経っている。
 今までずっと上手く隠してきたのだろう。その5年間ずっと、彼女は拷問を受けている。
 …氷泪石のためにな。…精神状態がどうなっているかは、正直わからん」

コエンマの前で平静を装うので精一杯だった。
5年にわたる拷問の日々…。
雪菜はその日々を生きてきたのだ。

もっと早く見つけてやるべきだった。
自然と怒りがこみ上げた。
それは垂金に対してなのか、不甲斐ない自分に対してなのか、自分でもわからなかった。

「さて、お前に頼みがある。至急指令テープを作るから、それを幽助に渡してくれ。
 この件は、あくまでも霊界探偵の仕事だからな」
「……」
「お前は好きにせい。ただし、人間は殺すなよ。いくら憎くてもな…」
「…約束は出来んな」
「飛影っ!」

俺は踵を返した。
後ろから、コエンマの不安そうな視線を感じた。
俺は数歩歩いたところで、それを鼻で笑って、コエンマの方に振り返った。

「…ひとつ、教えといてやる」
「…?」
「雪菜と俺は面識がない。あいつは俺を知らん。俺も名乗るつもりはない」
「なっ…! ずっと探していたんだろ? いいのか、それで…」
「雪菜と俺になぜ面識がないのか、貴様になら解るだろう。
 知らん方が良いこともある。それに、こんな兄はいらんさ」
「しかし…!」

まだ言いよどむコエンマに、一瞥をくれてやると、俺は部屋を出た。



*



初めは妹に対して良い印象は持っていなかった。
捨てられた男と、愛された女。
それが明白だったから。
恨んでいたかもしれない。

だが、氷河の国に帰郷したとき、氷女どもを見て幻滅したと同時に、妹を憐れんだ。
あんな国に閉じ込められて、可哀想な奴だ、と。
妹に対する恨みのようなものは、氷女どもへ復讐する気が失せたと同時になくなった。

次に現れたのは興味だ。
自分と同じ血が流れている妹が気になった。
妹も、他の氷女どものように暗くいじけて見えるのだろうか。
ならば、幻滅して、さっさと忘れてしまえばいい。
しかし、妹は氷河の国にはいなかった。
失踪して数年らしい。
自分から氷河の国を出たという妹に、ますます興味が湧いた。

氷河の国始まって以来初めての男女の双子。
忌み子の片割れ。
そして、母の粗末な墓。

妹は、愛されてはいなかったのだろう。
そんな気がした。
でなきゃ、国を飛び出したりはしまい。
あいつも重い十字架を背負って生き、自分の道を決めたのだろう。
そんな妹を見たいと思った。
だから探し続けた。

いつしか、妹への想いは興味だけではなくなっていたような気がする。
違う情が混ざり始める。
氷河の国を探す理由が変わったように。
途惑いはしなかった。
それが自然だと、無意識に納得した。


5年間の拷問。
精神状態がどうなっているかわからない。
それは妹にとって、あまりにもむごい運命だろう。
心を閉ざしているとしても、俺にはどうにも出来ない。
慰めてやる術など持ち合わせていない。
幽助たちに任せるしかない。

……つくづく勝手な奴だな、俺も。
見守れればそれで良いんだ。それ以上は何も求めちゃいない。



*



雪菜救出に向かった幽助と桑原に同行するつもりはなかった。
いちいち闇ブローカーの相手などしていたくなかった。
その辺の活躍は、幽助たちに任せた。

幽助たちが戸愚呂との戦いを始めた頃、俺は雪菜がいる部屋の前にいた。
呪符の結界から出されたおかげで、今でははっきりと雪菜の妖気を感じる。
そして、それは俺の妹だと、はっきりと告げている。

雪菜の近くに、薄汚い男がいる。
垂金権蔵だ。
そいつに対して激しい憎悪が渦巻いた。
あんな奴に虐げられてきたのだ。
殺してやろうか…ふとそんな思いが頭をよぎった。


幽助と桑原の決着が付いた瞬間、俺は部屋に飛び込んで、
雪菜を取り押さえていた人間どもを倒した。
そして、雪菜を自分の後ろへかばう。
当の雪菜は、何が起きたかわからない、という感じだった。

「さ、坂下ァ、ヘリを用意せい!! 雪菜を連れて逃げるのじゃあ。
 ひひひ氷泪石さえあれば、いくらでも金は…」

つくづく腐った野郎だ。

「残ったのは………貴様だけだ」

俺の声に気づいた垂金が振り返る。
その顔は真っ青だった。

「呪符の結界に閉じ込めていたとはな……。
 邪眼でいくら探しても見つからなかったわけだぜ…。
 しかし、そこから出したのが運の尽きだな…」

少しずつ近づいていくと、垂金はさらに顔を引きつらせた。

「わ、た…助け…」

ドゴオッ
命乞いされた瞬間、気づくと垂金を殴り飛ばしていた。激しくムカついた。
しかし、後ろで雪菜の小さな悲鳴が聞こえて、思い留まった。

「………殺しはせん。貴様の薄汚い命で、雪菜を汚したくないからな」

言い捨てたと同時に、殺す気は失せた。
怒りは鎮まりはしなかったが。



「あ…ありがとうございます」

雪菜が遠慮がちに口を開いた。
見たところ、精神状態はさほど悪いようではなく、少し安心した。
心を閉ざしていれば、話しかけてきたりなどしなかっただろう。

「あの…あなたは……?」
「………。…仲間さ。あいつらのな……」
「は! そうだわ、大変!」
「……」

雪菜は幽助と桑原のところへとかけて行った。



…予想していたことだ。
予想していたことなんだがな…。

雪菜は俺を知らない。
兄という存在自体、知らないのだろう。

だったら、それでいい。

俺が名乗り出る必要などない。


これから先も、ずっと…。















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