5.

「ごめんなさい…。私の…ために」
「……あやまるのは…こっちの方だ……ごめんな」
「?」
「こんなヒデー目あってんだ。許してくれなんて言わねー。
 ……けど、人間には気のいい奴もいっぱいいて……。
 俺の周りはバカばっかだけど………そんな奴らばっかりで。
 だから…だから、人間全部を…………人間全部を嫌いにならないでくれ」
「………」
「頼む…」
「……大丈夫…! 私…あなたのこと好きです」
「………………あり…がとう」

また不思議な人間に出逢った。
なんの義理もない私を、命をかけて助けてくれた。
どうしてこんなにも温かいのだろう。

“気のいい奴もいっぱいいる”
その言葉を素直に信じられた。

「あの…あなたのお名前は…?」
「あっ、桑原です! 桑原和真!」
「和真さん…。ありがとうございました。もう、自由になんて…なれないと思ってました…」
「雪菜さん……」
「本当に…ありがとう」

私がそう言って微笑んで見せると、彼――和真さんも笑顔で応えてくれた。



*



「幽助ー、桑原くーん、お疲れー!」

しばらくすると、オールに乗った女の人が、私たちのところへ来た。

「ぼたん!」
「無事雪菜ちゃんを救出できたみたいだね」
「まぁな。今回はちとヤバかったけどな」
「今回は、じゃなくて、今回も、だろ?」
「んだと、テメェー!!」

そのやりとりをきょとんと見ていると、女の人が私に気づいたのか、にこりと笑ってみせた。

「あんたが雪菜ちゃんだね?」
「はい。…あなたは?」
「あたしは三途の川の水先案内人ぼたんちゃんよっ!」
「三途の川……霊界の方ですか?」
「そうそう。で、色々バタバタして悪いんだけど、雪菜ちゃんにはこれから霊界に来て欲しいんだ」
「霊界に…ですか?」
「うん。手続きとか色々あってね。健康状態の確認とかさ」
「わかりました」
「あの、雪菜さん! …これから、どうするんスか?」
「霊界でのことが終わったら、…国へ帰ります」
「そう…ですか…」

和真さんが少し、寂しそうな顔をした気がした。

「帰るときには教えてください! 見送りに行きます!」
「…はい。ありがとうございます」

律儀な、優しい人だと思った。



*



和真さんと幽助さんに挨拶をして、私はぼたんさんに連れられて霊界へと行った。
そこでは、色々な検査や質問をされた。
検査では、体力の低下以外に大した異常はなく、すぐに国へ帰れることになった。

「雪菜ちゃん、コエンマ様に会っていくかい?」
「えっ!? そんな偉い方にお会いして良いんですか?」
「っていうかね、コエンマ様が一度会ってみたいって言ってるんだよね」
「…私に?」

なぜだか解らなかった。
途惑いながらも、ぼたんさんとコエンマさんのことろへ行った。



「とりあえず、無事で何よりだ」

お会いしたコエンマさんは、想像とかけ離れていて、なんというか、親しみのある方だった。

「あの、助けていただいてありがとうございました」
「いやいや、ワシは指令を出しただけだ。何もしておらん」

そう言ってコエンマさんは笑ったあと、私をじっと凝視した。

「…あの…、何か…?」
「…いや、似てないなと思ってな」
「…え?」
「何でもない。気にするな」

何のことだったのか、さっぱり解らなかったけど、気にするなと言われたので、
それ以上深くは考えなかった。

「さて、本題に入ろう」
「……」
「氷女は、国を出ない決まりがある。それはお前も重々承知だろう」
「…はい」
「どういう理由で下界へ降りたかは知らんが、二度と国から出るな」
「……」
「氷女にとって下界がどれほど危険な場所か、今回のことでよく身にしみただろう。
 人間でも妖怪でも、危険な奴らはたくさんおる。…もちろん、いい奴らもおるがな」
「……はい」

コエンマさんの言うことは最もだった。
氷女が下界に独りでいるのは危険すぎる。

国へはちゃんと帰るつもりでいた。
けれどひとつ、気がかりなことがある。

「…あの…、和真さんと幽助さんは大丈夫なんでしょうか…?」
「…? どういうことだ?」
「……B・B・Cとあんなにも深く関わってしまったら……」
「…暗黒武術会を知っておるのか」
「はい。垂金権蔵の屋敷で何度か聞いたことがあります」
「…ゲストに選ばれる可能性は高いだろうな…」
「……やっぱり…」
「しかし、たとえゲストに選ばれたとしても、お前の気に病むことじゃない。
 今回のことがなかったとしても、乱童・朱雀を倒している時点で名は知れとる」
「……」
「お前は気にしなくていい。真っ直ぐ国に帰れ」
「……はい」

そう言われたら、従うしかなかった。
気にならないわけがないのだけれど。



*



「雪菜さん…本当に帰っちゃうんっスか!?」
「…はい。氷女は国を出ないで暮らすしきたりがあるんです」
「じゃ、じゃぁ…、もう二度と、会えないんですか…?」
「……そうですね」
「雪菜さん……」
「みなさん、本当にありがとうございました。お元気で…」

見送りに来てくださった和真さん、幽助さん、ぼたんさんに頭を下げて、私は人間界をあとにした。



そして私は、この5年間の人間界での痛みに、そっと蓋をした。















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