6.

5年ぶりの魔界。
そして故郷。

帰るのには正直気が引けた。
掟を破った私を、故郷は歓迎しないだろう。
だけど、私はここで生きていくしかない。
他にあてもないのだから。

独りで生きていけるほどの力も技量もない。
仕方ないのだ。

「…ただいま、母さん」

城の裏角にある、朽ちた墓標。
相変わらずこの墓は淋しい。
なぜ母の墓はこんなにも粗末なのか。
そもそも、なぜ母は死んだのか。

お前の母親は罪を犯したのだ。
みな口をそろえてそう言う。
しかし、その罪がなんなのかは、誰も教えてくれなかった。

育て親の泪さんでさえ、口を堅く閉ざした。
そして、決まって淋しそうな顔をした。
母のことは訊いちゃいけないんだ。
幼心にそう思った。

「雪…菜…?」

不意に後ろから声が聞こえた。
聞き覚えのある、懐かしい声。

「…泪さん」
「雪菜…! 本当に雪菜なのね!?」
「はい」
「どこに行っていたのっ…! 心配したのよっ!」

そう言って駆け寄って、私を抱きしめた。

「無事で…良かった…!」
「泪さん……ただいま」

ごめんなさい。
こんなにも心配してくれる泪さんを、私は一度でも疑った。
いなくなって清々しているだろうと。
私には、この人がいてくれる。
それだけで、十分だ。

「立ち話もなんだし、家へ行きましょう?」
「はい」

涙を拭いながら、泪さんはそう言って歩き出した。

「…泪! その子…!」
「雪菜よ。帰ってきたの」

家へ行く途中、何人かの氷女に会った。
みんな同じ反応をする。
私を見て、目を見開くのだ。
疎まれているのは知っていた。
そんなこと、昔から同じだ。

「雪菜。帰ってきてくれて本当に良かった…。5年もの間、どこへ行っていたの?」
「…人間界に」
「人間界!?」
「はい。そこで、いろんな方たちに出会いました。…素敵な方たちばかりでしたよ」
「…そう」

言えなかった。
5年もの間人間に捕まっていただなんて。
泪さんにこれ以上、心配させられない。

「…やっぱりあなたは氷菜の子だわ」

そう言って少し淋しそうに笑った泪さんの言葉の意味が、よく解らなかった。



*



「泪!」

バタンッと扉が開くとともに、怒気を含んだ声が聞こえた。
扉の外には、数人の氷女。
目的はわかった。私だ。
私の帰郷を聞きつけて、やって来たのだった。

「雪菜が戻ってきたらすぐに報告しなさいと言っていたでしょう!?」
「…それは……でも、この子は…!」
「掟を破ったのよ。放っておくわけにはいかないわ」

そう言い放った長身の女性は、私に視線を移した。

「雪菜。長老方がお呼びよ。来なさい」
「…はい」

予想していた。
きっとこうなると。

「待って! 連れてかないでっ!! やっと帰ってきたのにっ…!」
「泪さん…。…私は、大丈夫です」
「…雪菜……」

にこりと笑ってみせた。
もしかしたら最後になるかもしれない。
そんなことも頭をよぎった。
連れて行かれたら、どうなるかわからなかった。

部屋から出て行くとき、後ろで泪さんの泣く声が聞こえた。
私は泪さんを哀しませてばかりだ。



*



私は流浪の城の中央部へと連れて行かれた。
通された部屋には数人の長老たちと、最長老がいた。

「…雪菜よ」

最長老が口を開く。

「自分がしたことはよくわかっておるな?」
「…はい」
「そなた、下界で何をしておった?」
「……」
「答えられぬか」
「……」
「…よい。答えずともなんとなくわかる」
「……」
「捕まっておったな?」
「…!」
「腕の火傷、それが良い証拠じゃ」

何もかもお見通し、という顔だった。

「あれの娘だ。何をしでかすかわからんから、あれだけ厳重に見張っておったのに…。
 しかし、今回のことで良くわかったな? 下界は危険じゃ」
「……はい」
「下界との交流は、我が国の存続の危機となる。
 そなたはその虞となるやもしれん行為をしたのだ。国の掟は絶対。
 それを守らなかった者には罰則を下す。良いな?」
「はい」
「そなたには、地下牢への1ヶ月の拘禁を言い渡す」
「…はい」

以外にあっけない気がした。
大罪ではないのだろうか。

「お待ちください」

長老のひとりが口を挟んだ。

「そのような軽い刑でよろしいのですか? 下界への長期逃亡は大罪です」
「逃亡ではない。こやつは動物と戯れているところを捕らえられたのだ。
 国を抜けはしたが、戻ってくるつもりでおった。泪もそう言っておる」
「…しかし…!」
「現にこやつは戻ってきた」
「……」
「納得できぬか? …その偏見をそろそろ捨てよ」
「しかし、この娘は…!」
「黙れ。女児は、同胞じゃ」
「……」

何を言い争っているのか。
私が何なのか。
何もわからなかった。
最長老は私を見据え、そして周りの氷女たちに言った。

「連れて行け」



*



牢の中で、ずっと考えていた。
私は、何なのか。
あの長老の反応は普通じゃない。

――しかし、この娘は…!
私が、何?

――女児は、同胞じゃ。
その言葉の意味は?

母が犯した罪は何?
母が死んだ理由は何?
なぜ私は他の氷女に疎まれるのか。
過去に何があったのか。

知りたい。
きっと、知らなければならない。
この冷たい国は、何を隠しているのだろうか。
そもそも、この国のことを私はあまり知らなかった。



*



1ヶ月なんて早いもので、私が解放される日はすぐにやって来た。
城から出ると、泪さんが立っていた。
少し、やつれているように見える。

「雪菜!」
「泪さん…ごめんなさい。私は心配かけてばかりですね…」
「いいのよ、そんなこと…! あなたが無事なら、それで…!」
「泪さん」
「なに?」
「訊きたいことが、たくさんあります」
「!」

泪さんは目を見開いた。
そして、哀しそうな顔をして呟いた。

「……私も、話さねばならないことがたくさんあるわ」

その目は、何かを決意したような目だった。















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