7. 「あなたにはまず、この国のことから話さなくてはいけないわね…。 まだ幼いからと思って話さなかったけど、あれからもう5年も経ってしまったんだものね…」 「この国のこと…? 泪さん、私は母のことが知りたいんです…!」 「雪菜。この国には、あなたの知らないことがあるの。それを知らなくてはいけないの」 「……」 「氷女が下界との交流を避けるのには理由がある」 「それは、氷泪石のためじゃ…」 「確かにそれもあるわ。でもね、もっと大きな理由があるの」 「……」 「私たち氷女は、百年ごとの分裂期に女児を生むでしょう? でもね…、私たちが異種族と交わった場合、その子どもはすべて 雄性側の性質のみを受け継ぐ男児のみが生まれるの」 「男の子が…?」 「そう。しかも、凶悪で残忍な性格を有する例が極めて多いわ」 「そんな…」 「そして、男児を生んだ氷女は、例外なくその直後に死に至る」 「…でも、待ってください! この国で、男の子なんて…」 「見たことないでしょうね…。男児は凶悪で残忍。それ故に氷女が何人も殺されたわ。 いつしか男児は忌み子と呼ばれ、この国から排除されるようになったの」 「…え…?」 「男児が生まれれば必ず殺す」 「!!」 「…それが、あなたの知らないこの国の掟よ。 この国は、忌み子が生まれてくることを怖れてる。存続に関わることだから…」 「…そ…んな…! あんまりです! 生まれてきた子どもに罪はないのに……!!」 初めて聞いた。 こんな事実知らなかった。 この国は、そうやって今までに何人もの赤子を殺してきたのだ。 「…殺した、というのには少し語弊があるわね」 「え…?」 「……落とすの。この国から」 「……!! …自分たちの手は、汚さないってことですか?」 「………そういうことになるわね…」 「……」 言葉が出てこなかった。 この国は赤子を見殺しにするのだ。 自分たちが、生きるために。 「雪菜。異種族と交わりさえしなければ、忌み子は生まれないの。 異性と通じた氷女が悪いのよ」 「……」 「私たちは異性の存在を知ってはいけない。だから、この国から出てはいけないの。 みんなこの国から出ないのは、異性を愛してしまうのが怖いから…」 それが、氷女…。 暗い国だと思っていた。 みんなどこか儚げで、哀しそうに笑う。 でもそれは、忌み子を見殺しにしてきた懺悔の印。 異種族への淡い憧れを押し殺してきた証。 外に世界があることを知りながら、心を閉ざして誰かを愛することなく老いていく。 憐れな人生。 「異性を愛することは、生きているものの本能。氷女だって、知らないはずはない。 現に異性を愛し忌み子を生んだ氷女は何人もいる。けれど、それは、氷女にとって最大の禁忌。 種の保存のために、氷女は……己の心を殺す」 「…………」 「…ここからが、あなたにとってもっと辛い話になるわ」 「…!」 「あなたの母親の話よ。…それでも、聞く?」 今の話よりももっと辛い話…。 正直気後れした。 けれど、引き下がるわけには、いかない。 「…それでも…、聞きます。教えてください」 「……わかったわ。あなたの母、氷菜は、よく国を抜け出す人だった。今のあなたのように」 「……」 「氷菜が罪を犯した…というのは、聞いたことがあるわね?」 「…はい」 「氷菜は…最大の禁忌を犯したの」 「!」 「百年ごとの分裂気に合わせて、異性と交わったのよ。」 「…! …でも、異性と交われば男の子しか生まれないのでしょう…!? だったらなぜ、私がこの世にいるんですか…!」 「……異例の事態が起こったの。それは、氷河の国を揺るがすことだった…」 「…異例…?」 「氷女は子を生むと、一粒の涙を流す。…でも、氷菜は、二粒の涙を流した…」 「二…粒……!?」 「…生まれてきたのは双子だった。しかも、男と女の…」 「!!」 「忌み子とあなた…。氷河の国始まって以来初めてのことよ。男女の双子なんて…」 「…ふた…ご…」 「そう。氷菜が犯した罪は双子を生んだこと。しかも、計画的に…」 「…計画…?」 ―――百年ごとの分裂期に合わせて… “合わせて” 「っ!」 「…氷菜は初めから双子を生むつもりでいた。そして、それを見事にやってのけた」 「……」 私が疎まれていた理由がやっとわかった。 男女の双子を生むという異例の事態をやってのけた母の娘。 忌み子の、片割れ…。 恐悸の的になって当然だ。 「……ごめんなさい、雪菜。……あなたの双子の兄は……私が、殺したわ」 「!!!」 「…私が…この国から落としたの……」 「………」 「…だけど、私は信じてる。…あの子は、生きてる」 「…泪さん…?」 「あの子は、生まれたときから全身を呪符でくるまないと持てないくらいの炎の妖気に 包まれていた。あの子は強いわ。…そして、あの子は私たちの言葉を理解していた…」 「!」 「きっといつか復讐にくるわ」 「…! …泪さん…、もしかして、それを待って…?」 泪さんは、哀しそうに微笑んだ。 「それが、氷菜へのせめてもの償いよ」 「…泪さん…」 「それに…忌み子を生んだ氷女たちは、自分の願いを子に託してるのよ…」 「…?」 「復讐…。それが出来るのは忌み子だけだから…。私たちにそんな勇気ないもの…」 「……」 「異性を通じてからわざわざ国へ戻ってくるのは、国で忌み子を生むことに意味があるから…」 「……」 「…私たちも心のどこかで、きっとそれを待っている…」 衝撃だらけだった。 氷河の国のことも、母のことも、兄のことも、何も知らなかった。 兄…。 忌み子として捨てられた、双子の兄…。 きっと兄は生きている。 そんな気がした。 “いつかきっと復讐にくるわ” その言葉に、違和感はなかった。 生きているなら、早く来てほしい。 この冷え切った国を、その炎で焼き尽くしてほしい。 古臭い考えを今も守り続けているこの国に、心底嫌悪した。 「…泪さん、母は何故、双子を生んだのでしょうか?」 「…わからないわ。忌み子と共に生まれれば、あなたがどんな扱いを受けるか …氷菜はちゃんと解っていた。でも、それでも双子を生んだ…。 きっと、意味があると思うわ。私には、解らないけれど…」 「私は…母に何かを託されたのでしょうか…」 「…そうかもしれないわね。あなたも氷菜に願いを託された子かもしれない…」 母は、私に何を望んだのだろう。 兄と私に、何を願ったのだろう。 どんな夢を託して、双子を生むことを決意したのだろう。 この冷たい国で、私にどうしろというのか。 こんなにも血塗られたこの国で…。 いくつもの忌み子の犠牲の上に成り立っている国。 永らい続ける国。 心を凍てつかせて生きることに何の意味がある? そんなの、死んだ方がマシだ。 「…泪さん、私、兄を探します」 「!!」 「手がかりは少ないけれど、探そうと思います」 「…雪菜。…それは、“兄”だから…?」 「………。…ごめんなさい、泪さん。 氷女にとって、本当は掟を破ることが悪いことなのかもしれません。 …でも…! 愛する人の子を生んで、何故それがいけないのですか! 何故殺されなければならないのですか…! …私は…この国を許せません」 「…雪菜」 「……滅べばいいと思います」 自分でも信じられないくらいの言葉だった。 けれど、本音だ。 滅んでしまえばいい。 生まれた命を切り捨て、それでもなお永らおうとする国なんて。 「…こんなこと考えるなんて、私のほうこそ“忌み子”かもしれませんね」 「雪菜……」 哀しく、笑ってみせた。 「…本当に行くの?」 「……はい」 「本気で忌み子を探すというの? 忌み子は例外なく凶悪で残忍よ。会えば殺されるわ。それでも…」 「それでも、探します」 「…止めても無駄なのね…」 「…はい」 「そういうとこ、氷菜にそっくりだわ」 「……」 「私は止めないわ。一緒にも行けないけれど。…私は、ここであの子を待つ使命がある」 「はい。……泪さんは、待ってるだけなんですね」 言葉に棘があることには気づいていた。 別に、責めているわけじゃない。 「……待つ方が辛いこともある。…言い訳に聞こえるかしら…」 「…いいえ」 泪さんは、生きながら罪を背負う道を選んだ。 いつ兄が殺しに来るかもしれない恐怖と覚悟を背負って。 兄が殺しに来るまで罪は消えはしない。 ずっと自分を責めて苦しみ続ける。 それが、泪さんの意志。 * それからの約1が月は、修行の日々だった。 これから、生きていくために。 私は、兄に会ってどうするつもりなんだろう。 利用しようと…しているだけなんじゃないか…? ――それは、“兄”だから…? 答えられなかった。 双子の兄を探すの? 忌み子の兄が欲しいの? 兄って…何? 私は愛を知らない。 兄がどういうものかわからない。 それでも探したいと、探そうと思うのは……。 兄に会えれば、わかるだろうか? 兄は答えを、くれるだろうか? 6/戻/8 |