11.

兄を探すのは、双子の兄に会いたいから?
それとも忌み子の兄がほしいから?
兄に会ってどうしたいの?

母の死の真実、自分の出生、双子の兄の存在、国の掟。
すべてに衝撃を受けて、飛び出すように国を出た。
あの国にもう未練はない。
ただ冷たい想いがあるだけだった。

母が兄に望んだのが復讐なら、私もそれを求めてる…?
そして私は母に何を望まれたの? 託されたの?
わからない。
わからないから余計に兄に会わなければという想いが強くなってしまう。

国が憎くて飛び出したはずなのに、私はまだ国に囚われ続けている。
なぜ忘れられない?
何度も何度も夢に出てくるあの白い雪。
なぜ捨てられない?
肌に感じるあの温度。冷たい冷たいあの眼差し。

汚らわしいと思うのなら、見なければいいじゃない。
陰に隠れて話してないで、直接言えばいいじゃない。

だけど、それでも、無邪気に笑っている自分がいた。
笑っていれば、どうにかなると思ってた。
自分だけは明るい場所にいたかった。
私はみんなとは違う。
そんな風に思っていた。

そのとおりに、自分は忌み子だった。

女児は同胞。
そういうけれど、異性と交わって生まれてきたのなら、女であってもそれは忌み子だ。

私は忌み子。
だから国が憎い。
滅んでしまえばいいのに。
あんな国。



*



私は暗黒武術会以来、幻海さんの所で暮らしている。
行く当てのなかった私には、幻海さんの言葉がとても嬉しかった。
妖力を上げるために修行をしているが、想像していたほど過酷なものではなかった。
幻海さんはやっぱり、私が悩んでいることを知っていたのかもしれない。
だから、今が考えるべきなのだと。

幻海さんのところでは、掃除や料理も覚えた。
やっと慣れだした頃の幻海さんの言葉が忘れられない。

「お前はこーゆーのの方が向いてるね」
「そうですか?」
「お前に戦いは似合わないよ」
「…それは、そうかもしれません」
「お前が優しいだけじゃないのはよくわかってるさ。
 でも、その部分だけを見たとしても、似合うとは思えない」
「……」
「何急いでるんだい? あたしには生き急いでいるようにしか見えないよ」
「…そうでしょうか」
「自分が楽になりたいだけなら兄探しなんてやめな。どっちも傷つくことになるよ」
「そんな…! そんなこと、ないです…」

その言葉は喉につっかえたまま、消えてくれそうになかった。



*



「これを…。母の形見です」

そう言って私は、氷泪石を飛影さんに渡した。

「どうしてこいつを俺によこすんだ?」

最もな問いだと思った。
自分でも、よくわからない。
焦って、いるのかもしれない。
幻海さんのあの言葉が図星だったのではないかと思うのが怖くて。
逆に、もっと早く兄を見つけなければと、そんな思いがした。

「あなたと近い種族の人だと思うんです。もしも、それと同じものをもった方に会ったら、
 それを渡して私は人間界にいると伝えてください」
「くたばったに決まってるぜ。空飛ぶ城の上から捨てられたんだろ?」
「きっと生きています」

この想いだけは、ガンとして変わらなかった。
兄は生きている。
疑いなどしなかった。

「心まで凍てつかせてなければ永らえない国なら、いっそ、滅んでしまえばいい。そう思います」

初めてだった。
初めて自分の本心を口にした。
この人になら言ってもいい。そんな気がした。

「ふん…それでお前、国を飛び出したわけか。
 …となると、氷河の国が兄探しを許したって話もウソっぱちだな」

飛影さんの言うとおりだ。
嘘ばかりだった。なにもかも。
飛影さんは私の目をじっと見た。

「いいか、甘ったれるなよ。滅ぼしたいなら自分でやれ。
 生きてるかどうかもしれん兄とやらに頼るんじゃない」
「!」

それは、ひとつの答え。

「そうですね。本当……そうです」

自覚を、させられただけかもしれない。

「なんだか、兄に会っても同じことを言われそうですね」



涙が出そうだった。
私は、兄に国を滅ぼしてほしかった…?
兄を、利用しようとしていた…?

今までずっと考えていたことの答えは本当はもうとっくに知っていて、
自分でそれを認めたくなかったのかもしれない。
私は自分が楽になりたくて、兄に全部を消してもらいたくて、兄を探していた…。



「…本当は、兄探しも、誰かに頼らないで自分で魔界に行くべきですよね…」
「他の奴が止めるさ」
「……」
「兄じゃなくても、大事にしてくれる奴はいる」
「……!」
「それじゃ、満足しないのか?」
「そんなことは…! …でも、でもそれでも……」

頭の中がグチャグチャだった。
兄に関する自分の本音と、それに相反する感情が入り乱れていた。
兄を利用しようとしていたのは事実。
だけど…!

「どうする?」

飛影さんが手を差し出した。
掌の上には、先ほど渡した氷泪石。
さっきと同じ瞳が私を見ていた。
その瞳には、情けない顔の私が映っている。

「…持っててください。
 会うことに意味があるのなら、母から託されたものがあるのなら、私はそれを見たい…」
「……そうか」

飛影さんは手を引っ込めた。
氷泪石をしっかりと握り締めて。



*



結局自分も同じだ。
自分の手は汚さない、氷河の国のやり方と。

私は、兄が復讐に来てくれると信じてやまなかった。
忌み子の兄が、国を滅ぼしてくれると。
本当に、勝手だ。

双子の兄に会いたい。
会って愛されたい。
そういう想いもきっと、決して嘘ではなかった。
でも、忌み子の兄がほしいという気持ちが勝ってしまった。
それほど国への憎しみが強かった。許せなかった。


今、兄を探してはいけない。
きっとまた冷静になれなくなる。
情熱が傾いて、冷静さを失って、本当の気持ちすら見えない。
時が経って、落ち着いて今の状況をもう一度把握しなおせたとき、また考えればいい。
そのとき兄に会いたいという気持ちが沸き起こらなかったら、
やっぱり兄を利用したかっただけなんだと自覚して、そして二度と兄は探さない。



*



どうして飛影さんに氷泪石を託したのか。
なぜあんなにも想いをぶつけてしまったのか。
自分でもよくわからないままだった。

でも、あの人になら、何もかもぶちまけてしまってもいいような気がした。
勝手に信頼していた。
あの人に託せば何かが変わる、そんな気がしていた。


頼りたくなってしまう。
初めてあの背中を見たときから。





兄さんとともに、私もあのとき一緒に捨てられていたら、もっと違う未来があったの?
兄さんは私を大事にしてくれた?
それとも、私の人生はそこで終わってた?
それでも私は兄さんとの道を選びたかった。
そしたらきっと、こんな想いをすることなんてなかったのに。
国を恨んでも、兄さんを利用しようなんて思わなかったのに。


生まれる前まで隣にいたのに、どうして今逢えないの?

いつまで私はひとりなの?

いつまで あなたは ひとりなの?




純粋に逢いたいと願ったら、逢ってくれますか。

逢いに来て、くれますか。










あの人に氷泪石を託したあの日、私は兄探しをやめた。















第1章「PAST」 了
10//第2章