11.

「なぁ、兄ちゃん。悪いことは言わねぇからさ…」
「そいつ俺らにくれよ。女だろ?」
「俺たち女に飢えてんだよねー。おとなしくくれりゃ命は助けてやるからさ」

下品に笑う3匹の大男を前に、蒼輝は面倒くさそうにため息をついた。

「助けてやるだと? それはこっちのセリフだ」
「なんだと!?」
「今なら見逃してやる。さっさと消えろ」
「おいおい兄ちゃん。調子乗ってっと痛い目見るぞ」
「俺たちに逆らうとどうなるか教えてやろうか?」

立ち塞がる大男に、蒼輝は鋭い視線を送った。

「聞こえなかったのか? 消えろと言ったんだ」
「!!」


たった一睨み。
それだけで十分だった。
たった一瞬高まった妖気とその気迫に、大男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

あんな下級盗賊相手なら、闘うまでもない。
力の差を見せつけるだけで十分だ。

強気な態度も、鋭い気迫も、はったりではない。
それを裏付けるだけの強大な力を、蒼輝は確かに持っていた。
本当のバカでない限り、あの一瞬でそれに気づく。


「今のがコレクターなんでしょうか?」
「いや、今のはただの粗暴な盗賊だ」
「そうなんですか。 …あの」
「どうした?」
「例えば、妖気を感じ取っただけで種族を特定できるものなんですか?」
「普通は無理だな。特別な能力があれば別だが」

でも、と蒼輝は付け足した。

「そういう技術が開発されていないわけじゃないだろうな」
「技術…?」
「そのコートが妖気を遮断できるように、特定できるものもあるはずだ」
「…! そうですよね」

雪菜は、自分のコートを見ながら頷いた。
自分の場合は妖気を手繰らせないためであったが、
このコートには、種族を特定させないという意味もあったことを今更ながら思い出した。

「コレクターのことが気にかかるのか?」
「え? …はい、少し…」
「別に珍しい話じゃない。奴隷商人や珍品マニア、珍種収集家なんてものはごまんといる。
 まぁ、いい趣味だとは思わないがな」
「……」

雪菜は、無意識のうちに左腕を握りしめていた。
未だ火傷の痕が残る左腕を。

「…あぁ、そうか」
「?」
「昨日のマスターの言葉を気にしてるんだろ?」
「……」
「確かに、そのコートのせいで珍種と間違われてコレクターに襲われるのは面倒だな」

蒼輝はコートを見ながらそう言った。

「だが、安心してくれていい」
「…?」
「俺といる間は、危険な目に遭うことはない」
「!」
「そういう契約だ」
「…はい」

そうだ。
余計な心配をしている場合ではない。
もうすぐ兄の情報を手に入れられるかもしれないのだから。
真実に、近づけるかもしれないのだから。



マスターに会ったのは昨夜のことで、夜が明けてから出発した。
宿を出た頃には明るかった空も、じきに暮れようとしていた。
マスターから紹介された人物のいる場所までは、まだもう少しかかる。
ふたりは、13層北東部と呼ばれるエリアの中枢へと向かっていた。

残忍な子ども。
マスターはそう言っていた。
しかし、それを聞いても雪菜はなんとも思わなかった。
忌み子は凶悪で残忍だと、泪から聞かされていた。
だから、もし兄がそうだったとしても、何ら驚くことではない。

重要なのは過去じゃなく、今だ。
今の兄を見つけるために、過去の情報が必要なのだ。
それが、兄探しの唯一の手掛かりとなる。



*



「なぁ、躯」
「…なんだ?」
「“忌み子”ってどーゆー意味だ?」
「……」

率直な幽助の言葉に、躯は一瞬口を閉ざした。

「…そのままの意味さ」
「…?」
「忌み嫌われた子ども」
「…!」
「だから捨てられたのさ」
「!? そりゃ、どーゆー…」
「おしゃべりが過ぎるぞ」
「! 飛影…!」

躯の自室のドアに凭れかかるようにして、飛影が立っていた。
鋭い瞳でこちらを睨む。
何日も寝ていないのか、張り詰めた顔がそこにあった。

「酷い顔だな」
「…うるさい」
「別に隠してるわけじゃないんだろ?」
「……」

飛影は躯を睨んだ。

「…おもしろおかしく話されるのとはわけが違う」
「まぁ、それもそうか」

笑う躯に、飛影はさらに苛立ちが募ったようだった。
幽助は慌てて飛影に向き直った。

「悪ぃ。訊いちゃいけなかったか…」
「……別に」

あぁ、怒ってるときの顔だ。
幽助はそう思った。
無理もない。
こんな状況で、すでに冷静さを保つのでさえ、困難になってきているというのに。

「そうだ、飛影。やっとわかったようだな」
「…!」
「長い間、とんだ茶番に付き合わされたぜ」
「……気づいてたのか」
「当たり前だ」

躯は小さく首を傾けた。

「何をそんなにイライラしてる?」
「……」
「もうすぐ見つかるんだ。よかったじゃないか」
「……」
「雪菜が真実を知るのがそんなに怖いか」
「!」
「…図星だな」

躯の言葉に、飛影は視線を逸らした。

「ぐずぐずしてるから、こんな面倒なことになるんだぜ」
「…うるさい」
「こんな日が来ることを、予測できなかったわけじゃないだろ?」
「……」
「お前の妹なんだ。自力で探そうとするに決まってる」
「……」
「何を恐れてる」
「……」
「お前がどれほど凶悪だったかを知ったくらいで、今更雪菜が狼狽えるとでも思ってるのか?」
「………俺は…」

飛影の瞳に見え隠れする苦悩。

「相応しくない」
「…聞き飽きたセリフだな」

ため息をつく躯を、飛影は睨みつけた。

「お前に何がわかる」
「わかればこんなに苦労はしない」
「…俺は……!」

飛影は、無意識に拳を強く握りしめていた。

「もうあいつの生涯を失望させたくないんだ」
「……」
「あいつが抱いてる幻想に、俺の過去は応えられない」



幸せになってほしい。
初めてそう願える相手だから。
だから、自分なんかよりもっと優しくて強い奴があいつの兄だったらよかったのに。

なぜ、自分なのか。
なぜ、自分なんかがあいつの兄なんだ。

いくら大事に思っても、いくら守りたいと思っても、自分の性質を変えられるわけじゃない。
たくさん殺してきた。たくさん恨まれてきた。
冷酷さも非道さも、あの頃とそんなに変わっちゃいない。

残酷な鬼の子。そのままだ。



「俺が兄だなんて…」



――あなたが兄だったよかったのに

たとえあいつがいいと言ったとしても。



「……そんなの可哀想だ」















10//12