2. 『いない…? どういうことです!?』 「そんなの俺が訊きたいくらいだ…!」 『飛影…』 どれだけたぐってみても、雪菜の妖気が見つからない。 探し物を見つけるために付けた邪眼のはずなのに、いつも肝心なものは見つからない。 「人間界には本当にいないのか…!?」 『残念ながら…彼女が魔界への穴を通ったことは霊界が感知しています』 「くそ…っ!」 なぜいないのか。 自分の意思で魔界に来たはずの雪菜が、なぜ姿を消してしまったのか。 「…まさか…」 最悪の事態が飛影の頭をよぎった。 考えたくはない。 けれど、可能性がないとは言い切れない。 妖気がたぐれない。 ならば、それは呪符の結界に閉じ込められているからではないのか。 また、雪菜は。 「飛影」 「!」 「ホントにお前は妹のことになると必死だな」 「…うるさい」 「早トチリするなよ? まだユキナが捕まったとは限らない」 いつもと変わらない表情でそう言う躯を、飛影は見た。 「ユキナが誰かに妖気を覚えられないように、自分から消してるんだとしたら、 それは賢明な判断じゃないか。妖気を消す手段なんていくらでもあるしな」 氷女という存在は、魔界では特殊で貴重な種族だ。 人間界では氷泪石だけが注目されているが、魔界ではそれだけじゃない。 その生態自体が神秘なのだ。滅多に外界と接触することはなく、そのほとんどが謎に包まれている。 氷女はその手の研究者や科学者にとって、喉から手が出るほど欲しい材料なのだ。 だから、万が一氷女だとバレたとしても妖気を相手に覚えられないように、自ら妖気を消している。 躯が言っているのはそういうことだった。 「だが、捕まっていないという保証はない…!」 「…どこまで過保護なんだ、まったく。 魔界の住人が魔界に戻ってきてなにが悪い? 心配しすぎだ、お前は」 「なにか起こってからじゃ遅い…!」 「だったら、初めから首に縄でもつけて傍に置いとけよ」 「!」 「お前はユキナのなんなんだ? 擁護者にでもなったつもりか」 「……」 「今のお前に本当にユキナを守れるのか?」 黙った飛影に、躯は冷酷とも思える言葉を投げた。 「本当は、お前たちに見つかりたくなくて妖気を消したのかもな」 * 「どういうことです!? コエンマ様!!」 「何度も言わすな。やらんもんはやらん」 「なんでですか! だって雪菜ちゃんは霊界の保護下じゃないですか!!」 「霊界が保護するのは人間界でだけだ。魔界でのことには関知できん」 「どうしてですか!? 魔界の方が危ないのに…!」 「魔界へ連れ去られたというのなら霊界も動く。しかし、今回は雪菜が自分から行ったのだ。 その事実がある以上、どうにもならん。魔界の住人が魔界に帰った。それだけのことだ」 「じゃぁ、もし雪菜ちゃんが魔界で危ない目に遭っても助けないってことですか!?」 「…そういうことだ」 「そんな…! ヒドイじゃないですか、コエンマさま!」 聞き分けのない部下に、コエンマは盛大なため息をついた。 ぼたんの言い分も理解できる。 しかし、なんでもかんでも干渉するわけにはいかないのだ。 「個人的に雪菜の消息は気になるが…霊界はこの件に関しては一切関わらん」 「薄情すぎます、コエンマ様!」 「まぁ、最後まで話を聞け」 コエンマは改まって咳払いをした。 「ワシらは身動きが取れん。そこでだ。ある探偵に捜査を依頼しようじゃないか」 驚いて目を見開いたぼたんを見て、コエンマはにやりと笑った。 * 「で、俺に話が来たわけか」 「そういうことさね」 「ったくよー、なんかあれば俺に押し付けりゃぁいいと思ってんな、コエンマのヤツ」 「なんだい!? あんたは雪菜ちゃんが心配じゃないのかい!?」 「いや、そこなんだけどよ。里帰りしただけなんだろ? それがそんなに問題なのか?」 幽助は首を傾げた。 確かに雪菜は氷女で、ひとりでうろつくには危ないかもしれないが、 会う者全員に素性がバレるわけではないし、第一そんなことばかり言っていたらどこにも行けない。 魔界のすべてが危険な場所ではないことくらい幽助だってよくわかっているし、 そこまで心配するほどのことではないのではないだろうか。 そう思って幽助がぼたんを見ると、ぼたんは静かに首を横に振った。 「雪菜ちゃんが里帰りするなんてありえないんだよ」 「ありえない? なんでだよ?」 そう訊かれてぼたんは口籠ったが、すぐに口を開いた。 「あたしの口からは詳しいことは言えないけど…。 氷女は、国から出ないで暮らすのが掟なんだよ。外部との接触は禁忌とされてるんだ。 それなのに、なんで雪菜ちゃんは外の世界にいると思う?」 「そりゃ、兄探しのためじゃねェーのか?」 「それを国が許すと思うかい?」 「…! …ってことは…」 「あの子は国を捨てたのさ。だから、戻るなんて考えられないんだよ」 忌み子のことまでは、さすがに言えなかった。 そこまで話してもいい権利は自分にはないとぼたんは思った。 「でもよォ、雪菜ちゃんは自分から魔界に行ったわけだろ? だったら、やっぱりなんか目的があるんじゃねェーの?」 「それは…」 「俺たちにも相談しなかったってことは、なんか知られたくねェーことでもあるんじゃねェか? なんでもかんでも心配すんのはどうかと思うぜ、俺は」 「そうだけど、でも、コエンマ様が言ってたんだよ。 たぶんあの子は自分から危険な場所に行くだろう、って」 「どーゆーことだ?」 「わかんない…! でも、心配じゃないか…消息不明なんだよ…」 あの5年間の苦痛の過去を知っている。だから、余計に心配は消えなかった。 傷ついても笑っている彼女が、また傷つくかもしれない。 そんなことはあってほしくない。 「心配だってのはわかるけどよ。でも…」 「幽助は知らないからそんなこと言えるんだよ! あの子は…!」 そう言いかけて、はっと気づいたかのようにぼたんの言葉は止まった。 「…あの子は、なんだよ…?」 なんでもない、そう言ったきりぼたんはなにも言わなかった。 * 『さっきのは、少し言い過ぎじゃないですか?』 「そうみたいだな。拗ねてどっか行っちまった」 そう躯が笑うと、蔵馬も苦笑を見せた。 『確かにあなたの言うことも一利ありますが、捕まっていないと断言するのは…』 「お前までそんなこと言うのか? わかってるんだろ?」 『……薄々は。やはり、そう思いますか?』 「それ以外にないと思うぜ、オレは」 躯はそう断言して、そして、ため息をついた。 「捕まっていようがいまいが、そんなこと問題じゃない。 ユキナがいないのは、結局、飛影の責任ってことだろ」 ――兄なら愛してくれるかもしれないって、勝手に期待してた…。 ――でも兄は、私のことなんかいらないかもしれないっ…! ――もう、どこにも…帰れない。 いらないだなんて思ったことは一度もない。 大切にしたいと思っている。 だけど。 ――本当にユキナを守れるのか? 守りたいと思っていても、守れる自信がもうなかった。 1/戻/3 |