7.

私には願いがあるの。
どうしても叶えたい願いが。
それは、この子たちにしか叶えられない。


ねぇ、氷菜。
あなたが叶えたかったことが、少しだけ、ほんの少しだけ解ったような気がするの。

きっと、叶うわ。



*



「どうでした?」
「…収穫はゼロだ」
「そうですか…」

振り出しに戻った。また、手がかりはなにもない。

「どうします? これから」
「…少し考えさせてくれ」

単独で氷河の国へ乗り込み、今しがた戻ってきた飛影は、
出迎えた蔵馬にそう言い残して自室へと引っ込んでしまった。

何もなかったわけではなさそうだ、蔵馬は去りゆく後ろ姿を見ながらそう思った。





会わなければよかった。
話さなければよかった。

自室のベッドに横たわりながら、飛影は思った。

くだらない真似をした。
くだらないことを言った。
救ってやる必要なんてなかったのに。
生きろ、なんてそんな言葉、投げかけてやる必要なんてなかったのに。

殺してやってもよかったんだ。
望みどおりに。
もしかしたら、本当にそれでお互いの気は晴れたのかもしれない。
あの女は幸せだったのかもしれない。

それとも、訊きたいことだけ聞き出して、自分と会った記憶を消してやってもよかった。
なかったことにしてもよかった。

どちらにせよ、俺とあの女の時は進めてはいけなかった。
なのに自分は余計なことをした。
完全に誤算だった。


恨んではいない。
仕方なかったと思ってる。
だからこそ、動かしてはいけない距離だった。


俺の生存を知って、俺が復讐する気などないのだと知って、あの女はまた苦しむのだろう。
脱力感とやるせなさを感じるのだろう。
行き場のない罪の意識を背負うのだろう。

それが、氷菜への償いであるならば。


もう殺す気のない俺では、あの女を救ってやることはできない。
だから、会ってはいけなかった。
いくら恨んでいないと言っても、あの女の罪の意識が消えることなどないのだから。


だけど。


雪菜はいつか必ずあの女に会いに行く。
国を捨てても、あの女のことまで捨てたわけじゃない。
育ての親を捨てられるほど、あいつは非情になれない。
今すぐには無理でも、いつかあいつは会いに行く。

だから、そのときにあの女が生きてないと困るんだ。
苦しんでいては困るんだ。
いつまでも、自分を責め続けているようでは困るんだ。


雪菜のために、あの女は笑わなければならない。

それこそが、氷菜への唯一最大の償い。



少しでも心が軽くなるように。
なんて柄にもないことを頭の片隅で思いながらあの女に生きろと言ったのは、
雪菜の故郷での居場所を失わせたくなかったから。
哀しませるわけにはいかなかったから。

あの女を救うためじゃない。
すべては雪菜のためだ。

それが、俺ができる氷菜への償い。



そこまで考えた飛影の頭を、

呪符でくるまれた自分を唯一抱き上げてくれたのはあの女だけだった、

という事実が、ふと浮かんでは、消えた。



*



何者か?
そう訊かれても、答えようがない。
氷女という特殊な種族であること以外、自分は何者でもないのだから。

雪菜は、どう言葉を選べばいいのか途惑いながらも、口を開いた。

「私…捜しものをしていて…。だから魔界に来たんです。
 今は人間界で暮らしているので、人間の匂いがするのはそのせいじゃないかと…」
「妖気を隠しているのは?」
「それは…周りに内緒で来たので、捜されては困るんです…」
「家出少女?」
「そういうわけじゃ…」
「凛光、余計な口を挟むな」

蒼輝の窘めに、凛光はハイハイと肩をすくめて見せた。

「周りに内緒の捜しものか…」
「言ったら、きっと危ないって止められるから…。
 でも、どうしてもひとりで行きたかったんです。これは…私の問題だから」
「……」
「あの、みなさんに危害を加えるとか、そんなことは絶対しません…! ですから…」
「いや、もういい。わかった」
「え…?」
「疑ってすまなかったな」
「蒼輝さん…」

蒼輝は雪菜に向かって軽く頭を下げた。

どうやら不審者ではないということだけは信じてもらえたらしく、雪菜は胸を撫で下ろした。
確かに、不審がられるような格好をしていた自分が悪かったと雪菜は思った。

「ねぇ、周りが止めるほど危険な場所に行こうとしてるの?」
「はい…。実際に行ったことはないんですけど」
「ひとりで? 大丈夫なの?」
「そのことなんですけど、私、おふたりにお訊きしたいことがあって…」

雪菜がそう言うと、凛光と蒼輝はそろって首を傾げた。

「目的地までは誰かに用心棒をお願いして行こうかと思ってるんですけど、
 そういうのを斡旋してる場所ご存知ないですか?」
「…あんた、とんだラッキーガールね」
「はい……?」
「まさにここがそうよ」

自分の店を指しながら、凛光がにこりと笑った。

一見普通の酒場に見える凛光の店。
しかし、本当は、様々な情報の集まるビジネスの場であった。
商業から暗殺業まで、どんな仕事も斡旋している。

今は営業時間外のために静かだが、普段はたくさんの者たちで賑わっている。
純粋に酒を楽しんでいる者、取引をしている者、仕事の紹介を受けている者、
それを依頼している者。
ここは、そんな者たちが集まる場所なのだ。

「信頼できる護衛専門のヤツなら何人か知ってるけど…行き先と予算によるわよ?」
「お金なら大丈夫です。行き先は…」


国を出てくる前に、泪から訊き出した。
なかなか教えてくれなかった。
絶対に行くなと言われた。

だけど、もう決めたから。
誰に止められても辿り着いてみせる。

だって、それが唯一の兄への手がかり。


「13層北東部」
「…!?」
「ちょ…あんた、そこがどんな場所か解って言ってる!?」
「どんな場所であったとしても、行くつもりです」

雪菜の意思は固い。
ふたりはそう思った。

「13層なんて、盗賊の溜まり場よ?」
「そうなんですか?」
「しかも、北東部なんて特に」
「…でも、行きます」
「頑固ねぇ〜。そこになにがあるの?」
「それは…」
「凛光」
「わかってるわよ、仲介者は首をつっこむなって言うんでしょ」

そこまで言って、凛光はなにかを思いついたかのように、あっと手を叩いた。

「蒼輝引き受けたら? あんたくらいじゃないと務まらないわよ、行き先的に」
「用心棒なんて…久しくやってないが」
「大丈夫よ。最強の用心棒は今も健在でしょ」
「最強…?」
「100年前の話だけどな」

そう言って、蒼輝は苦笑した。

100年ほど前までは、護衛業を本職としていた。
知能と戦闘能力の高さで一目置かれる存在であったのだ。

今でも引退したつもりはないのだが、最近はあまりに大物になりすぎたせいで、
依頼してくるものはほとんどいなかった。
そのせいもあってか、蒼輝の方も放浪の旅に出たりして、自由気ままに過ごしていた。

「…でも、そうだな。疑った非もあるし、俺が引き受けても構わないが?」















6//8