9.

「捜査範囲を拡大していますが、一向に手掛かりは…」
「まじか」
「例の娘、本当に魔界にいるんですか?」
「いるはずなんだけどな…」

躯軍の報告に、幽助は頭を掻いた。

「コートが厄介なんだよな」

雪菜の妖気の痕跡は、完璧に消えていた。
氷女と特定されないようにするためであるとすれば、賢明な判断だと蔵馬は言っていた。
確かにそうなのだろう。

しかし、幽助にはそれ以前に腑に落ちない点があった。
雪菜はなぜ、ひとりで来なければならなかったのか?
妖気を隠さなければならないほどの危険な場所であるなら、
ひとりで行くより誰かに相談した方が安全なのに。

自分の意思でひとりで魔界に来た彼女の目的は、一体なんなのだろうか。

「わりーけど、引き続き調査頼むわ」
「わかりました」
「あ、それから、飛影どこにいるかわかるか?」



*



百足の上。
飛影が考え事をするときは、たいてい自室かここだった。
なかなか進展しない捜査に、飛影は苛立ちと焦燥を感じていた。
雪菜が魔界をただ懐かしんで来ただけならば、さすがにここまで心配したりはしない。

しかし、今回は不自然な点が多すぎる。
墓参りという口実を使って目的を誰にも告げず、足取りも掴ませない。
周りに言えない目的はなんなのか。

――お前たちに見つかりたくなくて妖気を消したのかもな

いつかの躯の言葉が甦る。
見つかりたくない目的とは何か。
それとも、何かに巻き込まれているのか。
やはりどこか途中で捕まったのか?
考えても考えても答えは出ない。
ただ不安になるだけだった。

「お前ホントここ好きだな。特等席ってヤツ?」
「! …幽助」

不意を突かれたかのような顔をして振り返った飛影の隣に、
幽助は腰を下ろした。

「蔵馬はいったん人間界に戻った。一応社会人だしな」
「…そうか」

明日の朝には戻るってよ、と幽助は付け足した。

「桑原たちには里帰りで通すらしい」
「……」
「まぁ、もともと1ヵ月くらいで帰るって言って出てったらしいから、
 桑原たちは心配してないけどな」

行方不明なんて知ったら発狂するぜ、と幽助は苦笑した。

「なぁ、飛影。雪菜ちゃんが魔界に来てもう3週間だぜ。
 もしかしたら、わざわざ探さなくても、あと1週間したらちゃんと帰ってくるんじゃねぇーの?」
「…帰って来なかったらどうする」
「飛影…」
「無事な保障はない」
「…だよなぁ。でも、どこ探しゃぁいいんだ」

幽助はため息をついた。
確かに危険な目に遭っていないという保障はないし、ここまで何も手掛かりがないとなると、
さすがに自分の考えは楽観的過ぎる気もした。
不安を口にする飛影の気持ちもわかる。

「雪菜ちゃんが行きそうな場所に心当たりねぇの?」
「いや…」
「本当にねぇのか? あんだろ、なんか」
「俺は…あいつのことは何も知らない」
「知らないって…」
「あいつの考えていることは、俺にはわからん」



いつもわからない。
屈託なく笑い、人の痛みに敏感で、優しさの塊のようで。
だけど、本当はたくさんの傷を抱えて、隠して。それでも笑う。

自分とは似ても似つかない。
まして、わざと距離を置いてきた。
敢えて関わらないようにしてきた。
何を考えているかなんて、わかるはずもなかった。



「せめて目的さえわかればなぁ…」
「……」
「魔界に知り合いがいるとか?」
「いるとして、なぜ嘘をつく必要がある?」
「そーだよなぁ…。 …あ」
「なんだ」
「男でもいるんじゃねぇーの? こっちに」
「……」
「俺らに紹介するのは気恥ずかしいとか?」
「……」
「…わかった。わかったから、無言で睨むなって」

冗談だって、と幽助は視線を逸らした。

「……あ」
「今度はなんだ」
「兄探し、とか?」
「…!」
「だとしたら、魔界に来た意味も説明できるだろ」
「…それはない」
「あ? なんでだよ?」
「3年前に兄探しはやめたと言っていた」
「…マジ?」
「それに、兄探しならお前たちに隠す必要はない」
「そっか。そうだよな…」

そう言って頷きながら、幽助はしばらく考える素振りを見せたが、すぐに口を開いた。

「俺らが止めるような危ない場所に向かってるとか…?」
「…!」
「だから、言わなかった…?」
「じゃぁ、どこだと言うんだ? 危険な場所だなんて……。 ……!」

飛影はハッとした顔をした。

「? どうしたんだよ?」
「……いや…」
「なんだよ? なんか心当たりあんのか?」
「…なんでもない。そんなはず…ないんだ…」
「何言ってんだよ? 思いつく場所あんなら言えよ」
「……」
「飛影! わずかな可能性に今しがみつかなくてどーすんだよ!?」

幽助の言葉に、飛影は逡巡の色を見せた。



誰にも言えない危険な場所。
止められるかもしれないほどの危険な場所。
そして、兄探しを再開していたとしたら…?

あの場所を知っているという確信はない。
しかし、知ることが不可能なわけではない。



「…13層北東部」
「え?」
「………俺とあいつが別れた場所だ」

泪に落とされた場所。
故郷を恨みながら育った場所。
闘いを学んだ場所。
過去の呪縛が、残る場所。

「なんだよ…あんじゃねぇか! 雪菜ちゃんの行きそうな場所!」
「だが…雪菜がそこを知ってるかどうかは…」
「知ってるから来たんだろ!」
「!」
「なんでそんな簡単な場所、すぐに思い出さねぇんだよ!」
「それは…」
「わかってんのか? あの子は兄貴に…お前に会いに来たんだよ」
「…!」

飛影は息が詰まりそうだった。

「だとしたら全部納得がいく。13層なんて…そりゃ全員で止めるって」
「……」
「そこまでしてお前に会いたいんだよ。雪菜ちゃんは」

幽助の言葉に、飛影は呆然と黙ったままだった。



完全に失念していた。
というより、考えないようにしていたと言った方が正しいかもしれない。
あの場所に辿り着かないことを、どこかで願っていた。
知るはずがない。そう思っていた。

しかし、雪菜にとって「兄を捨てた場所」が唯一の手掛かりであるとすれば、
なんとしてでも泪から聞き出そうとしただろう。
唯一の希望に縋りついただろう。


なぜ、そんな簡単なことにすぐ気づかなかったのか。
考えればわかることだ。

ただ、兄に会いたい。
あのとき雪菜はそう言っていた。
兄探しを再開したことなど、容易に予想ができたはずだ。
なのに、思いつきもしなかった。
雪菜が危険な目に遭っているのではないかと、そのことばかりに気を取られていた。

滑稽な話だ。
雪菜を危険な目に遭わせているのは自分じゃないか。
自分のせいで、兄のせいで、雪菜は今行方不明なのだ。





13層北東部。
そこで過去は暴かれる。

当時を知る者にとっては、“忌み子飛影”はあまりにも有名な名だ。
残忍で、殺戮を好む、鬼のような子ども。
そんな真実は知られてはならない。
そんなヤツが兄だなんて、雪菜があまりにも可哀想過ぎる。

危険を冒してまで会いたがっている兄の過去と正体を雪菜が知ったら、
どれだけ失望することか。どれだけ絶望するだろうか。


知られてはならないんだ。

残酷な兄の過去なんて。















8//10