2. 鳴り響く爆音。割れた窓ガラス。 立ち込める煙と、飛び散った破片。 皿屋敷市に建つ住宅の2階の壁が、まるで抉り取られたかのように崩れ落ちていた。 その部屋には、ガラスの破片が散らばり、布団から飛び出した羽根が一面に舞っていた。 一瞬の出来事だった。 ほんの一瞬で壁が崩れ去り、部屋の主は姿を消した。 おやすみなさい、そう言って別れたばかりだったのに。 買い物で歩き回って疲れてしまったと言いながらも、楽しそうに笑っていた。 もう少しだけ勉強すると言うと、無理しないでくださいねと言いながら、コーヒーを淹れてくれた。 いつものようにおやすみと挨拶をして、いつものようにまた慌ただしい朝が来るはずだった。 また、おはようと言うはずだった。 なのに。 「くそっ…!!」 桑原は煙の上がる自宅を見上げて、アスファルトの地面に拳を叩きつけた。 さっき、幸せにすると決意したばかりじゃないか。 なのに、このザマはなんだ。 何もできなかった。 気づいたときにはもう、彼女の姿はなかった。 近所の誰かが通報したのだろう。 警察と消防車両が、けたたましいサイレンを鳴らしながらこちらへ向かって来ていた。 家の前で膝を折り、地面を叩く桑原の傍で、桑原の父と姉の静流は呆然と立ち尽くしていた。 何が起きたのか。すぐには理解できなかった。 「桑原ァ! 無事か!?」 そう叫びながら駆けつけたのは、ラーメン屋台で別れた幽助と蔵馬だった。 彼らにこの騒ぎを伝えたのは、感じ取った異様な妖気と、無意識に念信されたSOSだった。 「桑原くん! 雪菜ちゃんは!?」 「…いねぇんだっ…! ちくしょう! 攫われちまった…!」 「誰にやられた!? 犯人はどこのどいつだ!?」 「わからねぇよっ! ホントに一瞬だったんだ! たった一瞬で…」 悲鳴を上げる間もなく、雪菜は連れ去られてしまった。 何の迷いも躊躇いもなく、雪菜を奪うことだけを目標にことは行われたのだ。 こんなに堂々と、大胆に。 「おそらくは魔界の住人の仕業でしょう」 「だろーな。妖気を追跡しようと思ったら消えちまった」 「魔界へのトンネルを通って行ったんでしょうね」 「じゃぁ、雪菜ちゃんは魔界に!?」 幽助と蔵馬のやり取りに口を挟んで来たのは静流だった。 「あの子無事なの!?」 「静流さん…大丈夫です。必ず助けます」 「最近元気なかったのよ…でも、やっといつも通りになってきたのに…」 静流は自分の服を強く握りしめた。 「これ以上あの子に、辛い想いしてほしくないのよ…!」 「心配すんな、姉ちゃん! 俺が絶対助け出すからよ!」 「カズ…」 「雪菜さんは俺たちの大切な家族なんだ! 必ず助け出す!」 桑原の言葉に、蔵馬も強く頷き返した。 「犯人の手口は荒くて大胆だ。尻尾はすぐに掴めますよ」 「だな。こんなに堂々とよくやってくれたもんだぜ」 「それに、彼らは魔界の自治法を破ったことになる」 「…! ってことは」 「大統領府が主導で捜査する」 「!!?」 さっきまでいなかった声が突然聞こえて、その場にいた全員が声の方へと振り返った。 「飛影!!」 「オメェー、どうして…!?」 「煙鬼の命令で視察に来た」 そう言いながら、飛影は抉り取られた部屋を見上げた。 「…ずいぶん派手にやられたもんだな」 眉ひとつ動かさずに言う姿は、冷静そのものだった。 しかし、努めて冷静さを装おうとしていることは、幽助と蔵馬にはわかっていた。 抑え込もうとしている感情が、荒々しく渦巻いている。 無理もない。最愛の妹が攫われたのだから。 「自治法違反は大罪だ。…必ず俺が捕まえてやる」 そう言って、飛影は拳を強く握りしめた。 * 「幽助―! 桑原くーん!」 「!? ぼたん!?」 「大変なことになっちまったみたいだね!」 そう言いながら姿を現したのは、霊界の水先案内人ぼたんだった。 「雪菜ちゃんが攫われて、霊界も大騒ぎだよ!」 「なんで霊界が…」 「雪菜ちゃんは、今でも霊界の保護下なんだよ!」 「あぁ、そういうことか」 納得する幽助をよそに、ぼたんはいそいそと懐から白い封筒を取り出した。 「はい、これ、幽助への指令状!」 「指令だぁ? 俺はもう霊界探偵じゃないっつの!」 「しょーがないでしょー! 後任がまだ決まってないんだから!」 それとも何かい!?とぼたんは幽助に詰め寄った。 「あんた助けに行く気がないってのかい!?」 「んなこと言ってねぇーだろ! 俺はコエンマにこき使われるのがだな…」 「あーもー、ごちゃごちゃうるせぇーよ! こーしてる間に雪菜さんはな…! もーいーぜ! 俺ひとりで行く!!」 「ひとりって…あんた行き先わかってるのかい!?」 「わーってるよ! 魔界だろ!? そんなもん向こう行きゃ根性で…」 「魔界は広いんだよ! そんなんで見つかるわけないでしょ!?」 「それは…!」 勢いづいていた桑原だが、ぼたんの指摘に言葉を詰まらせた。 そんなやり取りを見ていた蔵馬は、思わずため息をついた。 「みなさん、とりあえず落ち着いて。俺たちがもめてもしょうがないでしょう」 「…そうさね。悪かったよ。とりあえず、今回のことは霊界にも責任があるから、 あたしと特防隊も同行させてもらうよ!」 ぼたんの言葉と同時に、5人の特防隊が姿を現した。 「飛影。霊界から煙鬼に打診してあるはずだから、あんたも聞いてるだろ?」 「…あぁ。合同捜査なんだろ? 足手まといになるからいらんと俺は言ったはずだがな」 「…! なんだと…!」 飛影の言い草に、ぼたんの後ろに控えていた特防隊が不快を露わにしたが、ぼたんはそれを制した。 「そう言うだろうと思ったよ。ホント性格悪いんだから」 そう言って、ぼたんはため息をついた。 本当は、飛影に余裕がないことは、ぼたんも気づいていた。 一刻も早く出発したいはずだ。 「飛影。目的地はわかってるのか?」 「そうだぜ! 邪眼で追跡は…」 「…いや、妖気を隠された。邪眼では追えん」 「じゃぁ、どーすんだよ!?」 そのとき、何か小さな電子音が鳴った。 飛影がコートから取り出したのは、小さな機械だった。 画面に文字が映し出されている。 人間界でいう携帯電話のようなものだろうか。 魔界で利用されている小型の通信機だった。 「…第9層南部だ」 「え?」 「…ちっ。タチの悪いコレクターに捕まったようだな」 「?? コレクターってなんだよ?」 「そもそも居場所がなんで…!?」 幽助と桑原の相次ぐ質問に、飛影は苛立ちを隠せなかった。 それを察した蔵馬が、代わりに応える。 「あんな派手な手口を使う奴です。素性を隠すなんて繊細さは持ち合わせていなかったんでしょう。 それに、名のある相手なら、なおさら特定しやすい」 魔界のリサーチ力を嘗めてもらっちゃ困ります、そう蔵馬は付け足した。 「なるほど。…じゃぁ、コレクターってのは…?」 「稀少種や珍種の収集家です」 「!?」 「妖怪が妖怪をコレクションしてるってことか…!?」 「そういうことです。珍しいものを集めたがる奴がいるんですよ、どこの世界でもね」 「…じゃぁ、そいつに雪菜さんは…」 「氷女は稀少種の中でも群を抜いている。目をつけられてしまったみたいですね」 「そんな…!」 「…でもよ、コレクターだっつーんなら、 そいつが雪菜ちゃんに危害を加えることはねぇーんじゃないか?」 幽助の言葉に、肩を落としていた桑原はばっと顔を上げた。 「そっか…そーだよな…! それなら雪菜さんはきっと無事だよな…!」 「そうさね! 大事なコレクションに手荒なマネはしないよ、きっと!」 「おっし! じゃぁ、さっさとそいつんとこ行って、ぶっ飛ばして来ようぜ!」 「待っててくれよ! 雪菜さん!!」 そう叫びながら安堵の色を見せる桑原たちとは裏腹に、 飛影と蔵馬の顔は、依然として険しいままだった。 「首謀者の名前は?」 「珍種コレクター蒐魁(しゅうかい)」 「…厄介ですね」 「あぁ」 1/戻/3 |