5.

「ヤバイって…どういうことだよ?」
「そーだよ! コレクターなんだから、手荒な真似はしないはずだろう?」
「えぇ、恐らく手荒な真似はされないでしょう。命も保障されると思います」
「だったら…」

幽助の言葉に、蔵馬は静かに首を振った。

「収集して愛でるだけのコレクターも確かにいます。でも、蒐魁は違う」
「違うって…?」
「彼は収集家であると同時に、科学者なんです」
「…?」
「愛でるだけでは飽き足らず、その生態すべてを解明したがる奴なんです」
「だからなんなんだよ? わかるように言ってくれよ」

痺れを切らした幽助に、蔵馬は険しい顔をした。

「蒐魁は生体実験を繰り返していることで有名なんです」
「…!?」
「どんな実験が行われているかはわかりません。でも…」
「そんな…じゃぁ、雪菜ちゃんはまた酷い目に遭うかもしれないってことかい!?」
「…可能性がないとは言えません」
「まじか…なんでもっと早く言わねぇんだ…!」
「すみません…桑原くんの前では言えませんでした」
「! …まぁ、こんなこと知ったら意地でもついてくるだろーな…」
「あたしゃ、嫌だよ、こんなの…」
「ぼたん…」
「だって5年だよ!? あの子は5年間も耐えてきたのに、また、こんな…」

今にも泣きそうなぼたんの言葉とともに、重い沈黙が訪れた。



垂金権造に捕まったときは、5年にもわたって肉体的苦痛を受けていた。
雪菜自身はそのときのことを多くは語らないが、暴力的行為が繰り返されていたのだろう。

ときどき、それを忘れそうになるくらい彼女は屈託のない笑顔を見せて、
悟らせないようにしている。
けれど、それこそが彼女が感情をコントロールすることを身につけてきた、
紛れもない証なのではないか。
感情を抑えなければ生きていけない環境に身を置いていた証なのだ。

今度もまた、そんな状況に置かれようとしている。
心ない者によって、過酷な環境に追い込まれようとしている。
氷女という種族の持つ秘匿性が、自由を求める少女の運命を苛めている。


生体実験だなんて、その内容はわからずとも、苛酷であることは容易に想像がつく。
あらゆるデータのために、チューブに繋がれ、薬剤を投与され、ボロボロになるかもしれない。

捕らえられるだけでも恐ろしいのに、その上実験までされたらと思うと、
居ても立ってもいられない。



「…あー、腹立ってきた。そーゆー自分勝手な奴がいちばん嫌いだぜ…!」
「あたしもだよ! そんな変態コテンパンにしてやんだから!」
「それは俺も同感です。…ですが、問題が」
「今度はなんだよ!?」
「蒐魁の要塞に張り巡らされた結界が厄介なんです」
「結界?」
「中の者が逃げないように、そして、外から侵入できないように、
 複雑なものが張られているんです」
「なんとかなんねぇーのか?」
「それについては今データを…」

そう蔵馬が言いかけたところで、部屋の扉が開いたかと思うと、飛影が姿を現した。
手にはなにやら書類を持っている。

「大統領府からの結界のデータだ。こういうのの解析はお前が得意だろう」
「大統領府はなんと?」
「強大な力をぶつければ破れなくもないが、加減が難しいらしい」
「つまり、強すぎると要塞ごと吹き飛ぶということですか」
「…そういうことだ」

データを蔵馬に手渡しながら、飛影は険しい顔をした。
要塞を吹き飛ばしてしまったら、それこそ意味がない。

「あとは中から切らせるか、蒐魁側の誰かが出入りする隙をつくか、ですね」
「ちょっと、それってどっちも不可能じゃないかい!?」
「確率は低いでしょうね」
「じゃぁ、どうするのさ!?」
「力の加減を調整するか、新しい方法を考えるか…少し時間をください」
「そんな…」

蔵馬はデータに目を落とし、口を閉ざした。

「飛影、雪菜ちゃんは…」
「…必ず助ける」

幽助の言葉に、飛影は短くそう答えた。
握りしめた拳には、血の滲んだ包帯が無造作に巻かれている。

「助けるったってね、あんた、どーすんのよ!?」
「ぼたん」
「あんたがちゃんと名乗ってたら、こんなことにはならなかったかもしれないじゃないか!」

幽助に制止されながらも、ぼたんは飛影に向かって叫んだ。
その目には涙が溜まっている。

「なんでちゃんと守ってやらないのさ…」
「……」
「ずっと健気にあんたを捜してたんだよ…」
「…わかってる」

泣きながら訴えるぼたんに、飛影は声を荒げることなく静かに言った。

「だから、助けに行くんだ」



ただ見守るだけでは守れない。
そう痛感した。

雪菜が兄を必要とする限り、求めようとする限り、見守るだけではもうダメなんだ。
13層にひとりで向かうほどの彼女の覚悟を見て、もう知らないふりでは済まされない。



「俺じゃなければよかったのにな」
「…! 何言って…」
「…うまく大事に出来ない」
「飛影…」
「あいつは…もっと幸せになるべきなのに」



いつも花のように笑う。
傷を隠して、強い意志を持って、前に進んでいる。
閉鎖的な国に生まれ、忌み子の片割れとして居場所もなく、心ない人間に傷つけられ、
それでも曲がることも歪むこともなく、ただ真っ直ぐに生きている。


だから、その笑顔を守りたいと思った。

幸せになってほしいと本気で願った。


この手で守りたいと思う。
だけど、傍にいるのは自分じゃなくてもいいと思っていた。
彼女を大事にしてくれる誰かがいてくれるなら、自分は見守るだけでいいのだと。


なのに、妹は兄を求めている。
兄がいいのだと言う。

だったら、それに応えるにはどうすればいいのか。



「…あんたが否定してどーすんのさ」
「……」
「あの子の幸せは、あの子が決めるんだよ」
「……」
「あんたが兄で、雪菜ちゃんが幸せじゃないはずないじゃないか…!」
「!」
「こんなに必死な姿見たら、嬉しくないはずないだろう…?」

ぼたんは涙を拭って、目を見開いている飛影に向かって言った。

「あたしが怒ってるのは、あんたのその態度だよ、飛影!」
「……」
「相応しくないだのなんだの、大事なのはそんなことじゃないでしょ!?」
「……」
「大切か大切じゃないか。守る覚悟があるかないかだよ!」

過去も性質も変えることはできない。
けれど、本当に大切に思うのならば、守りたいと思うのならば、傍にいて、支えればいい。
彼女が笑っていられるように、出来ることをすればいい。

「そーだぜ、飛影。“できない”んじゃなくて、“やる”んだよ」
「……」
「いまさら他の奴には任せらんねぇーだろ?」
「……」

自分が兄でなければよかったのにと思う。
けれど、その一方で、自分が守りたいとも思う。
他の誰かではなくて、真っ先に自分がこの手で守りたいと思う。

「雪菜ちゃんが言ってましたよ。あなたを頼りにしていたと」
「…!」
「お兄さんが自分のことをいらないと思ってるかもしれない、ともね」
「……」
「そんな哀しい誤解、早く解いてあげてくださいね」



いつかの言葉が甦る。

――兄なら愛してくれるかもしれないって、勝手に期待してた…

――でも、兄は、私のことなんかいらないかもしれないっ…!


――あなたが兄だったらよかったのに





何よりも大切だと思っている。


じゃぁ、俺に足りないものは何か?




それは、向き合う覚悟だ。















4//6