13. 彼の能力の象徴ともいえる邪眼の力。 それが生来のものではなかっただなんて、考えたこともなかった。 まして、自分のいる氷河の国を探すためだったなんて。 知らなかった。 何も知らなかった自分が情けなくなった。 「雪菜ちゃん!」 「もう起きて大丈夫なのかい!?」 「はい。ごめんなさい、ご心配をおかけしました」 雪菜が飛影を捜して控えの間を訪れると、幽助たちが心配げな顔で迎えてくれた。 控えの間には、幽助、蔵馬、ぼたんの3人がいるだけで、飛影の姿はなかった。 「あたしゃホントに心配したんだよ…何かあったらどうしようって…!」 「ぼたんさん…」 目を潤ませるぼたんに、雪菜は胸が熱くなる想いがした。 あの頃とは違う。今ならそれを強く感じることができた。 もう独りではない。 自分のことを心配してくれる大切な人たちがいる。 そのことが、雪菜にとって、とても温かなものだった。 「みなさん…助けに来てくださって、本当にありがとうございました。 私はもう大丈夫です」 そう言って雪菜が微笑むと、3人は安堵の顔を浮かべた。 「早く帰って桑原にも元気な姿見せてやらねぇとな」 「…! あの、和真さんたちはご無事ですか…!?」 「心配ないですよ。誰もケガはしていません」 「…良かった…」 「人間の桑ちゃんは魔界には来られないから、助けに行けなくて相当へこんでたけどね」 「そんな…! 和真さんに何かあったら困ります…!」 「彼のためにも、急いで帰らないとね」 「はい! …あ、でも…」 表情を曇らせた雪菜に、幽助とぼたんが首を傾げた。 雪菜の気持ちに気づいた蔵馬が、静かに問いかけた。 「飛影とはゆっくり話せました?」 「いえ…まだ。…あの、飛影さんが今どこにいるかわかりますか?」 「うーん…医療室にいなかったのなら、百足の上か自室かな」 蔵馬がそう言うと、雪菜はそうですかと答えた。 表情を曇らせたまま、下を向く。 「私…飛影さんのこと何も知らなかったんです…」 「雪菜ちゃん…」 「知らなくて…傷つけてしまいました…」 雪菜の言葉に、幽助はいてもたってもいられず、口を開いた。 「そのことなんだけどよ…俺たち雪菜ちゃんに謝らなきゃなんねぇことがあんだ」 「え…?」 「ホントは俺たち…飛影が兄貴だって知ってたんだ」 「…!」 「黙ってて悪かった!」 そう言って、幽助は顔の前で両手を合わせた。 雪菜は目を見開いて、驚いたままだった。 「そうなんさね…霊界の調査でふたりの関係はわかってたんだけど… でも、あたしたちが助け出したときは、まだ兄のことは知らなかっただろ? だから、飛影が伝えなくてもいいって言い出して…」 「……」 「兄を捜しに来たって聞いたときは、本当に驚いたんだよ! そりゃ、真っ先に教えてあげたかったんだけど…」 「飛影さんが止めたんですね」 「そうなのよ…命がいらんならしゃべれとか言っちゃって、あの意地っ張り!」 冗談まじりでそう言ったあと、ぼたんは真面目な表情で雪菜の手を取った。 「雪菜ちゃんの気持ちを知ってて黙ってたことは本当に謝るよ…ごめんね。 でも、飛影は、本当に雪菜ちゃんのことを大事に想ってたんだよ」 「ぼたんさん…」 「雪菜ちゃんが大事だったからこそ、言い出せなかったんだよ」 「…はい」 ぼたんの言葉に、雪菜は素直に頷くことができた。 「幽助さんもぼたんさんも謝らないでください。 ご存知だったことには驚きましたけど…でも、言わないでいてくださってよかったです」 「え…?」 「だって私は、飛影さんから直接聞きたかったから」 「!」 「…結局は、自分で捜しに行ってしまいましたけど」 そう言って雪菜は苦笑してみせた。 「それに、飛影さんには名乗れない事情がありましたから、 みなさんに口止めしたのは、仕方のないことだったんだと思います」 「事情って…?」 「私の口からすべてをお話はできませんが…ある方とそういうお約束をしていたそうです」 雪菜は先ほどの時雨との話を思い出しながら、そう言った。 「マジで…!?」 「はい。…もちろん、それだけが理由ではなかったのかもしれませんが…」 そう言いながら、雪菜はおかしそうに小さく笑った。 「…私たちは色んな方たちに見守られてたんですね」 「…!」 「そうだよ…! だから、みんなあんたたちの幸せを願ってるんだからね…!」 涙ぐむぼたんに、雪菜は微笑んで頷いた。 「俺からも…ひとついいかな?」 「蔵馬さん」 今までやり取りを見守っていた蔵馬が口を開き、雪菜を見た。 「夏に、海で話したこと、覚えてる?」 「…はい」 押しつぶされそうな心を抱えながらつぶやいた悲痛な言葉。 大きな誤解。 ――兄は、私のことなんていらないのかもしれない…! ――会いたくなんて…ないかもしれない。兄は私を、捜してなんかないかもしれない… あのときは、この言葉を否定する術を持たなかった。 でも、今は。 「あのとき言いたくて言えなかった話があるんです」 「…?」 「俺が飛影に会ったのは、幽助と出会う2年くらい前でした」 蔵馬は思い出を手繰るように、そう話し始めた。 「俺の住んでいる街に八つ手という妖怪が現れて、それを追ってきたのが飛影でした。 八つ手がある妖怪を喰ったという話の真偽を確かめることが、彼の目的だったんです」 「……」 「八つ手に一度返り討ちに遭っていた彼は深手を負っていて、 介抱のために俺は彼を連れて帰りました。そこで初めてあなたの名前を聞いたんです」 「え…?」 「寝言で、あなたの名を呼んでいました」 「!」 「目覚めた彼に話を聞くと、八つ手が氷女を喰ったらしいという話を聞いて 追ってきたのだと言っていましたよ。…まぁ、結果的にその話はデマだったわけなんですが」 蔵馬は真っ直ぐに雪菜を見つめた。 見つめたその瞳は、わずかに揺れていた。 「不確かな情報でさえも確認せずにいられないほど、必死にあなたを捜していました」 「……」 「俺の知ってる飛影は、いつだってあなたを捜していましたよ」 「…!」 「…なんて話しても、黙っていたことが許されるわけじゃないけど… でも、あのとき、兄が会いたいと思ってないかもしれないっていう言葉を 否定してあげられなくてごめん。だけど、今、ちゃんと答えられたかな」 「………はい」 また、自分の知らなかった話。 知らないところでずっと自分は大切にされてきたのだ。 長い間、ずっと。 「今さら俺がこんな話をしなくても、もう不安に思ってることなんてないのかもしれないけど…」 そう前置きしてから、でもと蔵馬は続けた。 「ご存知のとおり飛影は多くを語りませんから…どうしても知っておいてほしかったんです」 「……」 「今だけでなく、過去でもあなたを大切に想っていたのだと」 いつだって想っていたのだと。 妹の失踪を知ったそのときから、 ずっと捜し続けて、ずっと想い続けていた。 今なら、哀しいすれ違いを、大きな誤解を解くことができるだろうか。 「…私、飛影さんが助けに来てくれるってずっと信じてました」 雪菜が静かに口を開いた。 「でも、どこかでまだ不安で…嫌われるかもしれない、いらないのかもしれないって思ってました」 「そんなわけないじゃないかい!」 思わず声を上げたぼたんに、雪菜は笑みを返した。 「…はい。私もそう思います」 何も知らなった。 どんな想いでいてくれたのか。 どんなことをしてくれたのか。 知らなかったことを、あなたはきっと責めたりはしない。 知らなくてもよかったのにと言うかもしれない。 だけど。 「話してくださってありがとうございました。私、飛影さんをもっと好きになりました」 その想いは、私を温かく満たしてくれるから。 12/戻/14 |