14. ずっとずっと捜し続けてくれていた。 ずっとずっと想い続けてくれていた。 愛しくて。 逢いたくて。 その想いが、今でも、これからも、ずっと護ってくれる。 「飛影さん!」 百足内部の長く続く広い廊下で、見つけた背中に雪菜は声をかけた。 追いかける足取りが、自然と速さを増す。 飛影は立ち止まり、視線だけを後ろに向けた。 そして、その姿を見て、静かに安堵の息を漏らす。 振り向くことをしなかったのは、今どんな顔で会えばいいのかわからなかったからだ。 けれど。 「!」 その距離を壊してしまうのが、彼女だということを、今さらながらに思い出した。 今までずっと大切にしてきたものが、今自分の背中にいる。 雪菜は飛影の背に抱きついて、顔を埋めていた。 温かいその背は、決して拒むことはしなかった。 ただ、途惑っているようには見えた。 しばらくの沈黙のあと。雪菜は小さな声で言った。 「…何も知らなくてごめんなさい」 邪眼のことも。捜してくれていたことも。 見守っていてくれていたことも。 何も知らずに、その想いを傷つけた。 でも。 「ごめんなさい……私………………幸せです」 「!」 「生きててよかった」 あきらめなくてよかった。 故郷で、垂金の屋敷で、生きることをやめなくてよかった。 だって、あなたに逢えたから。 やっと、逢えたから。 こんなにも想ってくれる人がいた。 大切にしてくれる人がいた。 なんて贅沢で、なんて幸せなのだろう。 しばらくの間、雪菜は飛影の背に顔を埋めていたが、 はっと思い直したかのように、小さく謝りながら離れた。 雪菜が離れたタイミングで、飛影はゆっくりと身体ごと振り返った。 「…誰に何を聞いたかは知らんが、お前が気にすることじゃない」 予想通りの言葉が返ってきたことに、雪菜は思わず笑みを漏らした。 なぜ嬉しそうに雪菜が笑っているのかが理解できず、 飛影は怪訝そうな顔をしたが、追求することはしなかった。 飛影にとっては、雪菜が笑ってさえいれば、何でもよかった。 でも、だからこそ、気になることがある。 「…お前は、13層で俺のことを聞いたんだろ?」 「! …はい」 「俺が怖くないのか」 血を見るのが好きな残忍な子ども。 数々の殺戮を繰り返し、13層では恐れられていた存在だった。 好戦的で、非情で、手段を選ばない。 今だって、昔ほどではないにしろ、その性質は残っている。 そんなのが兄だなんて、それでいいのか。 温かく包むことも、優しい言葉をかけることも、自分には到底出来やしない。 それでも、傍にいることを望んでくれるのだろうか。 「…確かに、13層で昔のことは聞きました」 「……」 「でも、あなたが優しいことも知っています」 雪菜はその大きな瞳を、飛影に向けた。 「私は、本当はあなたのことを何ひとつ知らないのかもしれません。 どんな風に生きてきて、どんな想いでここにいるのか…」 「……」 「だけど、いつだってあなたは、私を守ってくれました」 「…!」 「いつだって。初めて会ったときから」 垂金邸に助けに来てくれた。 瓦礫が落ちてきたときも、守ってくれた。 今回だってそう。 いつだって救われている。 どんなときだって。 「私にとっては、それが真実です」 「………俺は優しくなんてない」 飛影はそう言って、顔を背けた。 「…たぶん、お前を傷つける」 「そんなこと…!」 「でも、今回みたいなことがあれば必ず助けに行く」 「!」 「お前を誰かの好きなようにはさせない」 それだけは誓える。 優しさや言葉で守ることはできなくても、 この力で、すべての脅威から護ることはできる。 「だから…それでもいいか」 こんなことしかできなくても、兄でいていいだろうか。 資格がないのは十分知っている。 でも、それでも、離れていては守れないことを知っている。 だから。 飛影が雪菜の方を見ると、その瞳から今にも大粒の涙が溢れそうだった。 「!」 「…私……私は、あなたのために何ができますか…?」 「…何もする必要はない」 「そんなのダメです…! 私ばっかり守られて…その邪眼だって…!」 「! …聞いたのか」 おしゃべりめと飛影は内心で舌打ちした。 「優しくないなんて嘘です。私の方があなたにたくさん酷いことを言ったのに…なのに…」 あなたは私を守るとこともなげに言ってくれる。 無条件で守ろうとしてくれる。 それがあまりにも嬉しくて、しかし何も返せない自分が歯がゆくもあった。 「…すまない」 飛影がそうつぶやくと、雪菜は首を横に振った。 「…飛影さんが謝ることじゃないです」 「でも、違うんだ…」 こんな風に泣かせたいわけじゃない。 だけど、じゃぁ、どうすればいいんだ。 目の前でうつむく彼女に、なんて言えばいい。 「…だから言ったんだ、傷つけると」 「! 違います…! 傷ついてなんかいません…」 「だったら、なぜそんな顔をする」 「だって私…あなたの力にはなれない」 「…?」 「飛影さんは私のことを守ってくれるのに、私は何も返せないです…」 雪菜はうつむいたまま、そう言った。 華奢な身体が、より一層小さく見えた。 何かを返すだなんて、そんなことしてくれなくてもいいのに。 ただそこにいてさえすれば、ただ笑ってくれさえいたら、それでいいのに。 その笑顔を守るために、勝手にやっていることなのに。 あぁ、この気持ちを、想いを、なぜうまく言葉に出来ないのだろう。 こんなに近くにいてさえ、すれ違うのか。 ただ大切なだけなのに。 そう。 だから。 その小さな身体に、飛影は手を伸ばした。 「…俺はお前に救われてる。だから、守りたいと思ったんだ」 「!」 「何も返せないのは、俺の方だ」 「そんなことないです…!」 「だから、大人しく守られてろ」 腕の中に雪菜をおさめたまま、飛影はそう言った。 「……ただ、笑ってくれればそれでいい」 「!」 雪菜は目を見開いたまま、何も言葉を返せなくなった。 抱きしめる力が一層強くなり、雪菜はその身を飛影に預けた。 どれだけ抱きしめても、足りない。 埋まらない。 お互いの想いを知るには、こんなんじゃ足りなさすぎる。 今までどう想い、何を考えてきたのか。 それを知るには、この一瞬だけでは伝えきれない。 この距離が、時間が、もどかしい。 この切なさを、愛しさを、すべて共有できたらいいのに。 大切だから守りたくて。 大切だから力になりたくて。 お互い見返りなど求めていないのに、与えられるだけでは満足できない。 与えられるだけでは、不安になってしまう。 傍にいられなくなってしまうのではないかと。 嫌われてしまうのではないかと。 本当は、そんな心配、必要ないのに。 どれだけそうしていただろうか。 飛影はふと我に返り、ここが百足の廊下であることを思い出した。 慌てて雪菜の身体を解放する。 「その…すまない」 「いえ…」 雪菜はゆっくりと身体を離し、飛影を見た。 「私、飛影さんの体温、あったかくて好きです」 「!」 にこりと笑ってそんなことを言ってのける雪菜に、飛影は急に気恥ずかしくなった。 しかし、もうその瞳に涙がないのを見て、安堵した。 「ごめんなさい、私…大切にするのもされるのも慣れてないから、うまくできないかもしれません。 でも、それでも、傍にいてくれますか」 伺うようにこちらを見ながらそう言う雪菜に、 飛影はくだらんと言いながら、その頭をくしゃりと撫でた。 「当たり前だ」 13/戻/15 |