あなたのことはよく知らない
でも、また会ったんだ


Scene3:「I don't know but meet again」





雪菜の足は図書館の方へと向かっていた。
この間借りた本はもう読んでしまったので、他の本を借りようと思っていたのだ。
歩きながら雪菜は先程のことを思い出していた。

断ったのは申し訳ないけれど、悪いことをしたわけではない。
なのに、心の中はもやもやしたままだった。



受付で返却の手続きをして、雪菜はいつも通りに文学作品が置いてある棚の方へと向かった。
この図書館の落ち着いた雰囲気は、いつ来ても安心する。





目当ての棚へ辿り着いたとき、雪菜はそこで足を止めた。
先客がいたのだ。
高等部の制服に身を包んだその人物は、雪菜に気づいたのか視線を上げた。

「また会ったね」
秀一は手にしてた本を閉じてそう言った。



「この間はありがとうございました」
「いえいえ」
「図書館、よく来てますよね」
「うん。本好きだし、他にやることないしね。君もよく来てるよね」
「私も好きなんです、本」



今までなにも接点がなかったのに、
ふとしたきっかけでこうして会話していることがなんだか不思議だった。



「南野秀一先輩、ですよね?」
「どうして名前…」

秀一は驚いたような顔をした。
中等部の子が知っているとは思っていなかったのだ。

「王子様ですから」
「……え?」
「知らないんですか?王子様って呼ばれてるの」
「……初耳だよ。中等部では俺のことそんな風に呼んでるの?」
「中等部だけじゃなくて、女の子はみんなそう呼んでますよ」

秀一は困ったような顔をした。
王子様だなんて、恥ずかしすぎる。




この学校では、そこそこ有名になると異名がついたりする。
もはや伝統のようなもので、生徒のステータスでもある。

秀一の異名はすでにいくつも存在する。
才色兼備、眉目秀麗な秀一は、それほど有名なのだ。




「あ、私は中等部3年の白鳥雪菜です」
「うん、知ってる」
「え?」
「白雪姫、だっけ?」

秀一がそう言うと、雪菜は顔を真っ赤にした。
やはり、雪菜の方も恥ずかしいようである。

「桑原くんと知り合いなんだって?」
「和真さんのことしてるんですか?」
「うん、友達。君のことも桑原くんから聞いたんだ」
「そうなんですか。和真さんは確か、熱血漢でしたよね」

それが彼の異名である。





「なにかお勧めの本とかないかな?文学作品にはあんまり詳しくなくて…」
秀一がそう言うと、雪菜は本棚を見回して、近くにあった本を数冊手に取った。

「お勧め、というか…私が好きなだけなんですけど」
「ありがとう。読んでみるよ」

秀一は本を手に取って微笑んだ。





「私、シェークスピアの『ロミオとジュリエット』が好きなんです」
雪菜は1冊の本を手に取ってそう言った。

「ふたりみたいな恋ができたら素敵だと思いませんか?」
「それは、そうだけど…。すれ違って死んじゃったら哀しくない?」
「すれ違ってないですよ。ふたりは最期まで愛を貫いたんです」
「……」
「相手のために死んでもいいと思えるほどの愛って、素敵です」
「…そうだね」

一途な愛か、と秀一はつぶやいた。
そんな恋愛、今では珍しい気がする。
実際自分も、誰かを本気で愛したことなんてないかもしれない。

「あ、ごめんなさい。なんか変な話しちゃって…」
「そんなことないよ。参考になった」
「そうですか…?」

雪菜は秀一を見るが、彼は微笑んだだけだった。





「本ってさ、不思議だよね。嫌なこととか全部忘れられる」
雪菜は秀一の横顔を見上げた。
「だから俺、図書館に入り浸ってるのかも」



会って間もない彼女になにを話してるんだろうと秀一は思った。
でも、お互いのことをよく知らないからこそ言えるのかもしれないと思った。
周りは自分のことを理解してくれないけど、彼女だったら何も知らないかもしれない。
大学についての噂を知らないかもしれない。

だから、なんとなく弱音を吐きたくなった。
誰にも言えない、弱音を。



「…ごめん、忘れて」
「……私も、そうかもしれません」
「え…?」
「淋しいこととか、辛いこととかあると、気づいたらここに来てて…」
「…そっか。同じだね」
「はい」
「あ、でも、哀しいこととかなくなったら来なくなるのかって言われるとそうでもないけどね」
そう言って秀一が笑うと、つられたように雪菜も笑った。






お互いのことなんてよく知らない。
だからこそ、言えること。


別に慰めてほしいわけじゃなくて。
ただ聞いてほしいだけで。


話してもいいかもと思える人だったから。




ただ、それだけのこと。















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秀一を王子様扱いするの大好きです(笑)
2006*1013



2//4