どうしてだろう
あなたがこんなにも近くにいる ![]() Scene5:「close to you」
この晴れ渡った空のように、この心も晴れればいいのに。 雪菜はぼーっと本棚を眺めていた。 海外で働いている兄から、ずっと連絡がない。 忙しいのはわかっている。 すべて自分のためなんだということもわかっている。 だけど、やっぱり、淋しくてしかたなかった。 物心ついた頃から兄と2人きりで、幼い頃は両親の遺産だけで生活していた。 大きくなると兄は働き始め、雪菜が学ぶことが好きだと知ると、 中等部編入でこの学校に入れてくれた。 その頃からすでに海外で仕事をしており、会えないことが多くなった。 海外で活躍できるほどの兄を尊敬するし、感謝もしている。 でも、会いたいと思ってしまう。 「本、好きなんだね」 突然聞き覚えのある声が聞こえて、雪菜は驚いて振り返った。 爽やかなスポーツ会系のような青年。 数日前に告白を断った三谷だった。 「しつこいってのはわかってるんだけど…」 三谷は少し口ごもった。 そんな三谷を見て、雪菜は困ったような顔をした。 ここ数日、ずっと彼はこんな感じだ。 何度言われても、答えは変わらないのに。 「…ねぇ、どうしても俺じゃダメ?」 「…ごめんなさい」 「好きだよ、君のこと」 「お断り…したはずです…」 「彼氏、いないんでしょ?だったら、1週間でもいいから俺と…!」 「…あの…っ」 「君が好きなんだ…!だから…!」 雪菜の態度にいらだったのか、三谷は雪菜の肩をつかんだ。 身体が本棚へとぶつかる。 雪菜は言いようのない不安を感じた。 どうしたらいいのかわからない。 この図書館はかなりの広さがあるので、 普通にしゃべっている分には周りに声が聞こえることはほとんどない。 しかも、もうすぐ図書館は閉館する時刻で、人影は少ない。 「…っ…離して…!」 そう言うのが精一杯で、それ以上何もできなかった。 叫ぶべきなんだろうか。 突き放して逃げるべきなんだろうか。 それとも、そこまでするほどのことではないんだろうか。 どうしたらいいのか、わからない。 「なにしてるんだ?」 聞き覚えのある声だった。 雪菜は声のした方へ視線を上げた。 「秀一先輩…!」 雪菜は三谷を押し退けて、秀一の方へと走った。 秀一が手を引いて、雪菜を背中に隠す。 秀一は視線を三谷に向けた。 「事情は知らないけど、力ずくはよくないんじゃないか?」 「…付き合ってるんですか?白鳥さんと」 「…いや、そうじゃないが」 「だったら、関係ないでしょう」 そう言って、三谷は姿を消した。 「…大丈夫?」 「……はい…」 そう言いながらも、雪菜は不安そうな顔のままだった。 「つきまとわれてるの?」 秀一がそう聞くと、雪菜は視線をさまよわせたのち、困ったような顔をして微笑った。 「図書館なら平気かなって、思ってたんですけど…」 ダメでした、と雪菜は小さくつぶやいた。 秀一はしばらく思案げな表情を見せ、ぽつりとつぶやいた。 「…4時過ぎからなら、いるから」 「…え…?」 秀一はわずかに微笑んで、目当ての本を探し始めた。 残された雪菜は、呆然と秀一の姿を目で追っていた。 胸が高鳴るのが聞こえる。 その時間においで、と? 勢いよく図書館から出た三谷は、先程のことを後悔していた。 怖がらせたいわけじゃないんだ。 ただ、近づきたいだけなのに。 気持ちばっかり先走って、空回りしている。 関係をつなぎとめておく方法が他にわからない。 「あれじゃ、ただのストーカーだって…。」 嫌われてるよな、絶対。 三谷はため息をついた。 閉館の放送が聞こえて、秀一は手にしていた本を戻した。 すぐ傍らには雪菜がいる。 「帰ろっか」 「はい」 「送るよ」 「えっ…?」 もう遅いし、と秀一は当然のことのように言った。 「紹介してくれた本、どれも面白かったよ」 「ホントですか?よかった…」 「ありがとね」 帰り道、秀一の歩く歩調はゆっくりで、自分に合わせてくれてるんだと思うと、 雪菜は嬉しくなった。 いつもあの図書館で助けられている。 淋しい今の自分には、誰かの優しさがとても温かく感じられた。 「今から用事とかある?」 「ないですけど…?」 「夕飯食べない?本のお礼におごるよ」 「え、でも…」 「いやかな?」 「全然そんなことないです…!いいんですか…?」 「じゃぁ、決まりだね」 誰かの優しさが嬉しいのか。 この人の優しさが嬉しいのか。 気まぐれでないことを願うよ。 ------------------------------------- 雪菜ちゃんはお兄さんがなんの仕事をしてるか知りません(ぇ) 海外で働いていて、忙しい。 そんな認識です。 2006*1027 4/戻/6 |