この心に広がった波紋は
もう、止められないの


Scene7:「The ripple of the spreading mind」





気になっていないといえば嘘になる。
でも、まだ、なんとなく現実味がない。

考えるとどきどきするのはただの憧れ?
会えると嬉しいのはただの友情?

恋だといいのに。





「ちょっとちょっと!あんた噂になってるよ!」
「?」

雪菜は登校早々友達に囲まれてしまった。
みんな、なんだか意地の悪い笑みを浮かべている。

「昨日友達が見たって言ってたんだけど…」
「あの高等部の天才・南野秀一と一緒に帰ったってホント!?」
「帰りましたけど…?」

雪菜は、それがなにか…?という顔をした。

「ついに高嶺の花を摘む男が現れたってことね!!」
「え?」
「南野秀一なら相手に不足なしって感じだし!」
「あの…?」
「ってゆーか、似合いすぎて怖くない!?」
「そういうのじゃないんですけど…」
「またまたぁ〜!テレなくてもいいって!」
「そうそう!惚気話ならいつでも聞くし!」
「てか、南野先輩かっこよすぎない!?」
「やばいよねー!羨ましい…!」

本人そっちのけで盛り上がっている友人を、雪菜は呆気に取られた様子で見ていた。
昨日のことは、友達としてであって、他意はなかったのではないかと思うのだが。
雪菜は心の中でそう説明した。





「あれ?でもさぁ、南野先輩って彼女いるんじゃなかったっけ…?」
その一言で、周りの空気が一瞬止まった。
「うそっ!?マジで?」
「そーいえば、そんな噂あったような…」
「え、誰!?彼女って誰!?」
「確か…先輩と同級生の喜多嶋先輩…」
「…あー、あったねぇー、そんな噂。1年くらい前だっけ?」
「そうそう。あの時2人とも否定しなかったんだよね…」
「いわれてみれば、あの2人ってよく一緒にいるね…」

自然と沈黙がおとずれた。
あれだけ勝手に騒いだあとだから、余計に気まずい。
そんな沈黙を破ったのは、黙って静観していた雪菜だった。

「ですから、私と先輩はそんなんじゃないんですってば。友達です。ただの」
「お似合いだと思ったんだけどなー」
「奪っちゃえば?」
「雪菜がそんなことするはずないでしょ!」
「で?雪菜はなんとも思ってないの?南野秀一のこと!」

雪菜は考える素振りを見せて、一言つぶやいた。

「頼れる先輩だとは思ってます」
嘘はひとつもなかった。
けれど、心に広がった波紋は、もう止まらなかった。







図書館に行って手に取った本は『ロミオとジュリエット』。
雪菜はその本をパラパラとめくった。

何度も何度も読んだ物語。
こんな恋に憧れた。
大きな障害をも越えて貫き通せる愛。
でも、果てにはふたりとも死んでしまった。

今は、そのことが、雪菜の心を大きく揺さぶった。
あれほど憧れた愛の形が、今では哀しい恋の結末に思えた。





哀しくて哀しくてたまらない。
淋しいから優しさが嬉しかったんだと、そう思っていた。
でも、違うのだと思い知らされた。
こんなに哀しいのは、叶わないと知ってしまったから…?

「…っ…」

涙が頬を伝った。
自分でもどうして泣いているのかわからないほどに哀しかった。
雪菜は本を抱きしめて静かに泣いた。





出逢う前から南野秀一という存在は知っていた。
校内一の有名人で、知らない者などおそらくいない。

成績優秀で才色兼備の彼にはたくさんの噂があって、その内容にはすべて一貫性があった。
彼はとても優しいのだと。





失恋してから自分の気持ちに気づくなんて、あまりにも滑稽すぎると雪菜は思った。
なんだかどんどん虚しくなってくる。
だけど、それ以上に哀しすぎて、涙が止まらない。

早くこの場から立ち去りたいのに、身体が思うように動かない。
彼が来てしまうかもしれないのに。
こんな姿を見られたくない。
心配した彼に優しい言葉をかけられたら、さらに苦しくなってしまう。



しかし、雪菜の願いとは無常に、誰かの足音が近づいてくるのが聞こえた。
来ないで、と雪菜は心の中で懸命に祈った。
しかし、こういうときに限って祈りが叶ったことなどありはしない。







本を抱きしめて泣いている雪菜の姿を見て、秀一は目を見開いた。
状況が把握できない。

「どうしたの?…なにか、あった…?」
優しく聞くその声が、たまらなく好きなのに。
「もしかして、この間の人?」
雪菜はただ首を横に振った。
「雪菜ちゃん…?」
困らせたくなんかないのに、溢れる気持ちは止められない。

秀一は、雪菜が泣き止むまでただ傍にいた。





「…ごめんなさい…。あの…本、読んでたら…哀しくなっちゃって…」
雪菜の言葉に、秀一は呆気にとられたかのような顔をした。
「…それで、泣いてたの…?」
「…はい。ごめんなさい、もう大丈夫です…」

無理な言い訳かもしれないと、自分でも思った。
だけど、嘘かもしれないとわかっていても、騙されていてほしいと雪菜は願った。

「そんなに、哀しかったんだ…?」
「…はい。物語ってすごいですよね」

うまく笑えているだろうか、とか。
声は震えていないだろうか、とか。
そんなことで頭がいっぱいだった。





秀一はそれ以上なにも触れず、適当に目の前にある本を手に取って、話題を変えた。
「桑原くんから聞いた?来週から文化祭の準備始めるって」
「はい。放課後、高等部に行けばいいんですよね?」
「うん。楽しみだね」
「…はい」








声も仕種も微笑みも全部独り占めしたい。
胸が苦しくて息が詰まりそう。

こんなに哀しい恋をしたのは初めてで。
こんなに愛しい恋をしたのも初めてで。

一途に貫くことができたらいいのに。




ねぇ、大好き。















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麻弥ちゃんを出すのはいかがなものかとも思ったのですが…。
くらまや好き様は読まないでね(苦笑)
いや、別にそこまでヒドイ扱いはしませんけれども。
2006*1110



6//8