彼女と一緒にいるところなんて見たくない
苦しいよ ![]() Scene8:「can't see you and her」
彼女が抱きしめて泣いていた本は、『ロミオとジュリエット』だった。 あんなに大好きだと言っていたのに。 放課後、高等部の1年6組の教室では、文化祭に向けての打ち合わせが開かれていた。 出席してるのは、このクラスの文化祭の実行委員と、助っ人を頼まれた秀一と雪菜だった。 「係は、調理・宣伝・飾り付け・会計・販売の5つに分けたいと思います。 詳しい内容は手元の資料を見てください」 「こん中から係の代表決めるから、やりたいやつ挙手してなー!」 打ち合わせの進行役は、委員長の桑原と螢子だ。 2人の進行のおかげで、打ち合わせは順調に進んでいる。 係の代表が一通り決まったとき、教室のドアが開いた。 「ごめんね、遅くなっちゃって」 そう言って顔を出したのは、秀一と同じクラスの喜多嶋麻弥だった。 「喜多嶋先輩、どうしたんっすか!?」 「あ、もしかして、先輩も手伝ってくれるんですか?」 桑原と螢子が驚いたように言った。 他のメンバーも喜多嶋に注目している。 「あれ、南野くんから聞いてない…?」 麻弥がそう言うと、視線は秀一へと集中した。 「…ごめん、まさか本気だとは思ってなくて…」 秀一は苦笑した。 文化祭の助っ人を頼まれたという話しをしたとき、麻弥は確かに「私もやりたいなー」と言っていた。 しかし秀一は、受験生の彼女が本当に手伝うなんてことはないだろうと思っていたのだ。 「もしかして、お邪魔かな…?」 「そんなことないっすよ!全然!むしろ助かります!」 「ホント?」 「もちろんです!」 桑原たちの歓迎を受けて、麻弥は笑顔になった。 助っ人が増えて喜んでいる教室の中で、雪菜だけは浮かない顔をしていた。 自然と秀一の隣に座る麻弥の姿に、もやもやとした感情が広がる。 「ホントにいいの?受験勉強あるのに」 「平気平気。助っ人だからそんなに忙しくならないだろうし」 「まぁ、そうだろうけど」 「高校最後の文化祭だし。それに…」 「それに…?」 「南野くんとの思い出も作りたいし」 「…そっか。そうだね」 笑ってそんな会話をする秀一と麻弥を、雪菜は見ていられなかった。 会議が進んでいく中、雪菜の心はずっと上の空だった。 なにも耳に入ってこない。 ただ、早くこの場から逃げ出したくてたまらなかった。 ふたりが一緒にいるのを見ているだけで辛かった。 男子生徒の白熱したメイド服論議も耳に届かない。 どうして神様はこんなにも意地悪なんだろうか。 どうしてこんなにも報われない恋をしたんだろうか。 こんなに好きなのに、こんなにも苦しい。 好きになんてならなければよかった。 なんて、嘘をついてみた。 「じゃ、今日はこの辺で。来週も頼んだぜ」 桑原の会議終了の合図を待ちわびていたかのように、雪菜は立ち上がった。 早くこの場から立ち去りたい。 雪菜が教室から出ようとした瞬間、呼び止める声があった。 「雪菜さ〜んっ!これから南野たちとメシ食いに行こうってことになってるんスけど、 一緒に行きませんか!?」 振り返った雪菜の目に映るのは、秀一と麻弥の姿。 多分、彼女も一緒なのだろう。 これ以上見ていたくないのに、食事なんてなおさら無理だ。 「ごめんなさい、これから図書館に行こうと思ってて…」 「待ちますよ!それくらい!」 「でも、申し訳ないですし、時間もかかりますから」 申し訳なさそうな雪菜に、桑原はしぶしぶながら納得した。 これでここから離れられる。 そう思ったのに、予想外の言葉が降ってきた。 「俺も行くよ」 「…え?」 「この間の人来たら困るし」 「だ、大丈夫です!あれからなにもないですし!みなさんと一緒に楽しんできてください」 「でも…」 「では、お疲れさまでした!」 雪菜は頭を下げて、逃げるように教室を出た。 あからさまに言葉をさえぎって、不自然だったかもしれない。 だけど、中途半端な優しさなんて、いらない。 図書館行くなんてただの言い訳で、別に用事なんてない。 閉館時間の近い図書館に向かいながら、雪菜は心が落ちていくのを感じた。 こんな自分は嫌なのに、どうしようもない。 雪菜は本棚と本棚の間を当てもなく歩いた。 本を読む気にもなれなくて、かといって誰もいない家に帰る気にもなれない。 ぼーっと歩いているうちに、結局辿り着くのは『ロミオとジュリエット』のある本棚だった。 本の背表紙を指でなぞる。 ふと、誰かの視線に気づいた。 「! …三谷くん…!」 警戒している雪菜の姿に、三谷は慌てて口を開いた。 「別にストーカーじゃないから!今日はたまたまでっ!…つか、キモイことばっかしてごめん!!」 「……」 「往生際悪いのわかってんだけど、その、このままなにもなくなるのが嫌で…! 避けられたくないっつーか…!」 必死にそう言う三谷の姿に、雪菜は呆気にとられていた。 「で、できれば友達になりたいなぁーとか…いや、ごめん、今のナシ! …でも、やっぱ、繋がりがほしいとゆーか…!…あー、もう、俺なに言ってんだ!」 「…三谷くん?」 「ごめん、ホントごめん。もう近よんないから。怖い思いさせてごめん!」 言うだけ言って去って行く背中に、同じものを見た気がした。 「…わかります」 「!」 「私にもわかりますよ、その気持ち」 好きでいてくれなくてもいい。 ただ、君との繋がりがほしいよ。 …でも、それは、ただ苦しいだけなのかな。 ----------------------------------- 恋に溺れていく雪菜ちゃん。 三谷くんは実はいい子です。 そして顔はかっこいい(笑) 2006*1117 7/戻/9 |