待ってて
君のもとへ今すぐ行くよ ![]() Scene10:「waiting for」
会う。 会わない。 行く。 行かない。 そんなことばかり考えているから前に進めないってことはわかってるんだけど。 そろそろ会議が始まる時間だと、図書館の時計を見ながら雪菜は思った。 でも、今日は行かない。 行けない。 ずる休みなんて最悪だとわかっていても。 「…でも、会いたくない」 ぽつりと零した言葉は、静寂の中に消えていった。 最近雪菜はずっと無意識に秀一を避けていた。 図書館にも自然と足が遠のいて、来ることさえなくなっていた。 今日来たのは、秀一が会議に出ていると知っているからだ。 秀一に会いたくなかった。 会うだけで、話すだけで、きっと心が溢れてしまうから。 なにをしていても考えるのは秀一のことなのに、雪菜はその気持ちを必死で抑えようとした。 だって、報われない恋なんて哀しすぎる。 長い時間図書館で窓の外を眺めていた。 変わっていく景色も、もはや目に入っていない。 だから、閉館を告げるアナウンスが雪菜の耳に届くことはなかった。 「南野くん」 「ん?」 「どうかした?今日もため息多いよ」 麻弥は苦笑しながらそう言った。 「そうかな?……そうかも」 「今日はあの子来てないんだね」 「……雪菜ちゃんのこと?」 「うん。白鳥さんともっと仲良くなれたらいいんだけど」 「なれるよ、喜多嶋なら」 麻弥は秀一の瞳を覗き込んで、笑って言った。 「私のことは、もう気にしなくてもいいんだよ?」 「…!」 かみ合っていない会話のようで、麻弥がなにを言いたいのかは秀一には伝わっていた。 「文化祭の変更点、ちゃんと伝えてあげてね」 笑顔でそう言って去っていく麻弥の後ろ姿を、秀一はただ見ていた。 時は確実に廻り続ける。 立ち止まることもなく、人の心もまた移ろう。 変わらないことなんてなにひとつなくて、流れるままに変わっていく。 途惑うのはいつも自分だけだ。 暮れ始めた空が暗闇を帯びて、雨が降り出した。 窓を打つ雨で我に返った雪菜の視界が突然真っ暗になった。 電気が消えたのだ。 遠くの方で、重たい扉の閉まる音が聞こえる。 「っ!待ってくださいっ!まだ…」 ガチャリ、と無情にも鍵のかかる音がした。 雪菜は扉へ駆け寄って、力の限り押してみた。 だが、扉はびくともしない。 この図書館は内から鍵は開かない。 雪菜は閉じ込められたのだ。 雪菜は呆然としながら館内の奥へと歩いた。 もともと働かなくなっていた頭が、さらに考えを鈍らせる。 もといた場所に戻った雪菜は、そこにしゃがみこんだ。 誰かに、助けを求めよう。 …でも、誰に? 誰が助けてくれる? このままここにいたって、誰も気づきはしない。 暗闇は嫌いだ。 ひとりであることを如実に感じるから。 誰もいない家で、暗い夜と戦って。 朝になったらまた夜に怯えるの。 淋しいなんて言えなくて。 辛いなんて言えなくて。 無性に人が恋しくて。 愛しくて。 ねぇ、こんなときにまで考えるのは、いつも支えてくれた兄さんじゃなくて。 今想うのは、今心の中にいるのは、あなただけで。 傍にいてほしいなんて。 今すぐ会いたいなんて。 そんな考えしか出てこない。 たとえ振り向いてくれなくても、報われなくても、この想いを失うことがこんなにも怖い。 ただ、好きで。 どうしようもないくらい好きで。 もう、背負いきれない。 この暗闇から、この苦しみから、どうか私を救って。 「…っ…」 雪菜の瞳から大粒の涙がこぼれた。 淋しい。 愛しい。 苦しい。 怖い。 いろんな感情が雪菜の心をかき乱した。 秀一の顔が頭から消えない。 会いたい。 「!」 ポケットに入れていた携帯が震えた。 その振動に頭が真っ白になった。 名前も確認せずに電話に出た。 「……」 『…もしもし?雪菜ちゃん?文化祭のことで話があるんだけど、今いいかな?』 「…っ……!」 『…雪菜ちゃん?聞こえてる…?』 「……どうして…?」 『…え?』 「…なんで…っ」 『雪菜ちゃん…?』 なんであなたなの? どうしてこんなときにかけてくるの? いつもいつも、どうして私を救ってくれるの? 会いたい気持ちがなんでわかったの? こんなの、ただ想いがつのるだけなのに。 『…もしかして、泣いてるの…?』 そんなに優しい声をかけないで。 みじめな想いをまたするだけだから。 大切な人は、私じゃないでしょう? 『雪菜ちゃんっ…!今どこ!?』 「………っ…図書、館…」 『すぐ行くから!待ってて!』 その優しさが、たまらなく切ない。 切れた電話を握り締めて、雪菜は泣くことしかできなかった。 来なくても大丈夫だと言えればよかった。 居場所を教えなければよかった。 そんな過ぎた後悔だけが頭の中を巡っている。 降りしきる雨が、ひときわ強くなった。 “待ってて” その言葉がどれほど嬉しかったか知らないでしょう。 あなたの存在がどれほど大きいかわからないでしょう。 待っていても待っていなくても結果は同じなら、逃げ出せればよかったのにね。 ------------------------------------ パラレルだと雪菜ちゃんを思う存分泣かせられる(笑) 雨のシーンを書くのが個人的に大好きです。あまり影響してきませんが(笑) 話がものすごく乙女全開ですね…! 恋する雪菜ちゃん書いてて楽しいのですが、性格変わってる気が…(ぇ) 2006*1122 9/戻/11 |