もう泣かないで
ここにいるから ![]() Scene11:「Don't cry」
目を閉じていればなにも見えない。 耳をふさいでいればなにも聞こえない。 だけど、気持ちに蓋をすることはできても、自分に嘘をつくことはできない。 秀一はひたすら走り続けた。 傘を差していても濡れるほどの激しい雨を、いまさら気にしてなんかいられなかった。 なぜ彼女は泣いているのか。 なぜあのとき彼女は泣いていたのか。 そんな彼女をなぜこんなにも必死で追うのか。 そんなことを考えている余裕もなかった。 携帯を握り締める力がどんどん強くなっていく。 うずくまってただ泣くことしかできない自分を、雪菜は情けなく思った。 でも、もう動けない。 優しさに縋ることを知ってしまっているから。 初めて言葉を交わしたときのことを今でも鮮明に覚えている。 あのときから、すべてが始まったのだ。 「雪菜ちゃんっ!」 バタンっという大きな音とともに、静まり返った図書館に秀一の声が響いた。 秀一の手によって、館内の灯りがいっせいに点く。 ある一点に向かって秀一は走り出した。 姿が見えなくても、声が聞こえなくても、雪菜がいる場所に確信があった。 『ロミオとジュリエット』の本が置いてある棚。 そこに雪菜はいた。 「雪菜ちゃん…っ。遅くなってごめん」 息を切らしながら秀一はそう言って、うずくまる雪菜と視線が合うようにかがみこんだ。 「…大丈夫…?」 雪菜の瞳が秀一を見上げる。 溢れる涙が止まることはなかった。 「なにか、あった…?」 いたわるような優しいその声に、雪菜はいたたまれなくなった。 耐え切れなくなって、雪菜は秀一の胸に言葉とともに顔を埋めた。 「好きです…」 「!!」 「秀一先輩のことが、好き…っ」 「…雪菜ちゃん…」 思いもよらなかった言葉に、秀一の思考は止まった。 自分は彼女に避けられていたから、嫌われていると思っていたのに。 自分の胸で泣く少女の言葉が信じられなかった。 勢いを増す雨が窓をたたく。 それでも、耳に響く大きな雨音よりも、相手の言葉の方が鮮明に聞こえた。 「…先輩には、喜多嶋先輩がいるんだってわかってても、止められなくて…っ」 「!」 「好きになっちゃダメって思っても、そう思えばそう思うほど好きになっていって…」 「……」 「…絶対言わないって決めてたのに…!迷惑、かけたくなかったのに…っ!」 「……」 「ごめんなさい……。………でも、好き…」 これで終わりだと雪菜は思った。 今までの関係が崩れてしまうのだと。 雪菜は秀一から離れようとすると、それを引き止めるぬくもりがあった。 秀一が雪菜を抱きしめたのだ。 「君が泣いていたのは、俺のせいだったんだね」 「……っ」 「俺と喜多嶋はそういうのじゃないよ」 「!」 「友達だから」 「でも…っ!」 「噂はでたらめなんだ。ただ仲が良いだけだよ」 雪菜は秀一を見上げた。 そこには優しい瞳があった。 「喜多嶋とは初等部から一緒で、噂も何度も立ってるから、 いまさら否定する必要もないかと思ってたんだ」 「……」 「…もしかして、俺を避けてたのはそれが原因?」 「…だって…!彼女が、いるって…聞いたから…」 それを聞いた秀一は、脱力したのか苦笑いを浮かべた。 「よかった…」 「…え?」 「嫌われて避けられてるのかと思ってたから…」 「そんなこと…!好きだからですよっ!」 はっきりとそう言った雪菜に、秀一は微笑を浮かべた。 大声で好きだと言ってしまった雪菜は、顔を真っ赤にした。 「ありがとう」 そう言って秀一は再び雪菜を抱きしめた。 「…女の子にこんな想いさせるなんて情けないよね」 秀一の言葉に、雪菜は首を横に振った。 抱きしめられていることが幸せで、言葉にならない。 涙が、止まらなかった。 「…泣かないで…」 優しい手が頭を撫でる。 「もう、泣かないで」 静まり返った図書館で、ただぬくもりだけを感じていた。 「鍵、どうしたんですか?」 「あぁ、これ?事務の人が残ってたから貸してもらったんだ」 「…ごめんなさい、迷惑ばっかり…」 「気にしないで。俺のせいでもあるんだし。ね?」 うなづくことしかできない雪菜の手を、秀一は掴んだ。 「俺の方こそごめんね?」 「…?」 「急いでたから、傘1本しか持ってきてないんだ」 引き寄せられた身体がとっさのことに反応できなくて、彼に笑われてしまった。 強い強い雨の中、濡れないように気遣ってくれる彼の優しさが、たまらなく愛しかった。 “俺に気ィ遣わなくていいからな” “私のことは、もう気にしなくてもいいんだよ?” どんな想いを犠牲にしても、貫きたい気持ちがあるんだ。 -------------------------------- 自分の中で一番好きな話です(自分で言うか) 相合傘大好き(笑) これがクライマックスのようですが、まだ続きます(笑) 2006*1124 10/戻/12 |