1.

鳴り響いた携帯電話の着信音。
ディスプレイに映し出された名前は、よく知った人物だった。

『よぉ、蔵馬! 久しぶり』
「お久しぶりです。電話なんて珍しいですね」
『さっき螢子と桑原と話しててよ、今度久々に集まろうって話になったんだけど、
 来れる日あるか?』
「幽助の屋台でですか? 夜なら比較的いつでも大丈夫ですよ」

蔵馬はスケジュール帳を片手に、幽助からの電話に答えた。
社会人になって以来、お互いの生活の変化もあり、昔ほどみんなで会う機会は減っていた。
特に蔵馬や幽助は、学生の頃と比べて時間の融通はききづらくなっていた。

「わかりました。では、金曜の夜に」

そう言いながら、蔵馬はスケジュールの日付に印を付けながら、携帯を切った。



*



金曜日。
蔵馬は仕事を定時で上がり、幽助のラーメン屋台へと向かった。
9月も後半となると陽が落ちるのも早く、秋の夜空には星が瞬きはじめていた。

今日のメンバーは、幽助・桑原・ぼたん・螢子・静流・雪菜と自分の7人と聞いている。
一応飛影もダメ元で誘ってみたが、やはり来てはくれないようだった。

最後にこのメンバーで集まったのはいつ以来だろうか。
螢子と桑原の大学の合格祝いを3月にして以来か。

そのあとすぐに、幽助と蔵馬は第2回魔界統一トーナメントのための修行に入り、
螢子と桑原は大学生活で忙しくなった。

魔界統一トーナメントは、奇しくもまた煙鬼の優勝で幕を閉じ、
煙鬼はまぐれだなどとのたまわっていたが、なんとも喰えない親父だと再認識した。
トーナメント後は、新政府の発足に伴い、新たなルールの策定や
パトロール隊の再編成などが行われていた。
敗者である幽助と蔵馬は、もちろんそれらのルールに従うしかなく、
しばらくは魔界との行き来が増えていた。

蔵馬と雪菜もあまり会ってはいなかった。
家庭教師として定期的に勉強を教えることも、今ではなくなっていたし、
体調管理については、蒼露に任せてある。
蔵馬が特別サポートする必要はなくなりつつあった。

もちろん、何かあれば力になりたいと思うし、見守っていきたいと思う気持ちは変わらない。
ここ数年で彼女は学業の面だけでなく、精神面でも変化を遂げていた。

人とともに過ごすことに慣れ、誰かに頼ることも覚えた。
壁を作らなくても良いのだということも理解していた。
あたたかい場所への途惑いもなくなりつつある。

そう思わせてくれたのは、紛れもなく桑原家のおかげだった。
桑原ならきっと彼女をいちばんに考えて、大切な家族になってくれるだろう。
かつての自分が母親から受けたような無償の愛情や安心感を、桑原家なら与えてくれると思えた。



*



「蔵馬!」
「こんばんは」
「すっかりサラリーマンって感じだな」
「まぁね。もう3年目だしね」

スーツ姿の蔵馬を見て、桑原は、俺もいつかはこうなんだなぁとひとり呟いていた。
幽助は蔵馬の姿に気づき、よ!と声を掛けて、屋台での仕込みを続けた。
幽助と桑原の姿があるだけで、他のメンバーはまだ来ていないようだった。

「雪菜ちゃんたちはまだですか? てっきり一緒かと」
「先に女子で集まってから来るってよ! そろそろ着く頃だと思うけど…」

そう話しているうちに、通りの向こうから、螢子たちが向かってくるのが見えた。

「桑原くーん!」

そう言って螢子が手を振っていた。
ぼたんと静流と雪菜も一緒だ。

螢子は大学生となり、静流は美容師として働くようになっていた。
やはり昔と比べて垢抜けたというか、洗練された大人の女性となっている。
ぼたんは相変わらず霊界での水先案内人としての仕事に明け暮れていたが、
人間界に遊びに来るときの姿は、ふたりの影響を受けてなのか、流行を取り入れた格好をしていた。
そして、中でも目を見張る変化を遂げているのが雪菜だった。

「あれー? 蔵馬、今雪菜ちゃんに見とれてたんでないかい?」
「…ばれましたか」

冗談ぽく笑っていうぼたんに、蔵馬もまた笑いながら答えた。
言われた当の雪菜はきょとんとしている。

幻海の元にいた頃は、Tシャツにジーンズというラフな格好をしていた。
桑原家に来てからは、スカート姿を見るようにはなったが、
その頃と比べてもずいぶん印象が変わって見えた。

くすんだピンクのフレア袖のニットに、ブラウンのチェックのミニスカート。
すらりと伸びた脚は黒のタイツをまとい、ショートブーツを履いていた。
腰まで届きそうな髪は、ストレートに綺麗に整えられている。
ブラウンのアイシャドウに、しっかりカールされた長い睫毛、唇はピンクベージュに彩られている。
控えめなメイクだが、彼女の可憐さを引き立たせるには十分だった。
まるで雑誌から抜け出してきたような、今どきの女の子に見えた。

「会うたびに驚かされますね」
「そうですか? あの…やっぱり変ですか?」
「まさか。とても似合ってますよ」

蔵馬の言葉に雪菜ははにかむように笑ってみせた。
そんな顔を見せられると、なんだかこちらまで嬉しくなってしまう。
我が子…とまではいかないものの、成長を見守る親心とでもいうのだろうか。
人間界に溶け込んで、少しずつ大人になっていく彼女の姿に嬉しくもあり、
少し寂しくもある、そんな気分だった。

「おい蔵馬」
「?」

みんなが席に着き始め、自分もそれに続こうとしたとき、蔵馬は桑原に呼び止められた。

「惚れんなよ?」
「は…?」
「だから、雪菜さんにだよ!」

その言葉に蔵馬は目を見開いた。
そして思わず笑ってしまった。

「まさか。桑原くんの邪魔はしませんよ」
「ぜってーだかんな!」
「まぁ確かに、あれだけ可愛ければ心配ですよね」
「そうなんだよ、まじで。それに最近バイト始めてよ…もう気が気じゃないっつーか」
「そうなんですか?」
「社会勉強でってことで花屋でバイトしてんだけど、既にちょっとした有名人になっちまってて」
「あぁ…花屋の看板娘的な?」

ふわふわしたイメージの彼女が花屋にいる姿を想像したが、
確かに似合いすぎかもと蔵馬は思った。

「桑原くんも大変ですね」
「変な虫がつかないように見張るのも限界あるしな…」
「とりあえず、俺は保護者的な立場なんで、安心してください」

笑いながら蔵馬が言うと、桑原は、ぜってーだぞ!と念押しするかのように言って、
席へ向かって行った。

雪菜がバイトをはじめたという進歩をひとつ聞いて、その成長にまた喜んでいる自分に気づく。
なんだか親戚のおじさんみたいだな、と蔵馬は内心苦笑した。



*



「蔵馬さん、最近仕事忙しいんですか?」

螢子からの質問に、蔵馬はつまみをつついていた手を止めた。

「まぁそれなりですかね。普通の企業からしたら残業は少ない方だと思いますけど」
「へぇー。蔵馬さんとこってどういう会社なんでしたっけ?」
「名刺とかないのかよ? そういうの社会人っぽいじゃん」

桑原の言葉に、蔵馬はありますよと言いながら、名刺ケースを取り出して、
みんなに名刺を配った。

「ご用命があればお願いします」

笑いながら蔵馬はそう言った。



*



夜も更けてきた頃、幽助や桑原たちがはしゃいでいるのを、
蔵馬は離れたテーブルから遠巻きに見ていた。
まだ未成年では…という疑問は、もう今更かと頭の隅に追いやった。

「蔵馬さん」

みんなの輪を抜けて声をかけてきた雪菜に、蔵馬は笑みを返し、
どうぞと自分の向かいの席を勧めた。

「久しぶりだね。元気にしてましたか?」
「はい。トーナメント、お疲れさまでした」
「ありがとう。今回も惨敗ですけどね」
「次も出るんですか?」
「そうですね。いい肩慣らしになりますし」

あまり放っておくと鈍るんで、と蔵馬は苦笑した。

「あ、そういえば、バイト始めたんですか?」
「そうなんです。駅前のお花屋さんでアルバイトを始めたんです。
 慣れないことばかりですけど、働くことも覚えないとと思って」

それにおしゃれはお金掛かりますしね、と笑いながら付け加えた。
年相応の女の子らしく、おしゃれに興味を持ち始めているようで、
それが意外にも見えたが、その変化がなんだか嬉しくも思った。

「お花のことはまだまだ勉強中で…よかったら今度教えてください」
「いいですよ。といっても俺の知識は武器とか薬に使えるかに偏ってますけどね」

笑いながら蔵馬が言うと、雪菜もつられるように笑みを返した。

「今度花を買いに行ってもいいですか?」
「はい!ぜひいらしてください」

にこりと微笑む雪菜の姿が、花が綻ぶようだと蔵馬は思った。
そして、先ほどの桑原の心配している気持ちが、なんとなくわかる気がした。
まだまだ世間知らずで危なっかしいところもありそうで、
変な男に騙されないか気が気じゃないだろう。

「ところで…桑原くんとは、最近どうなの?」
「和真さんとですか…??」

質問の意図がよくわからないのか、疑問符がたくさん浮かんでいるようだった。

「ごめん、なんでもない。忘れて」
「???」

さらに疑問符が浮かんでいるようだったが、蔵馬はそれ以上何も言わなかった。
いくら大人びていても、色恋に疎いところは変わっていないようで、
桑原の気持ちもまだ届いていないようだった。
そんな変わっていないところを見つけて、蔵馬はなんとなく安堵していた。

少しずつ大人びて、ますます綺麗になっていっても、
その純真さと天然ぶりは変わらないで欲しいと蔵馬は思った。










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