11.

掲げられた氷泪石に込められた祈りを、お互いまだ知らなかった。





お互い黙ったまま揺れる氷泪石を見つめた。
先に口を開いたのは、飛影。

「…お前の兄は…」

言わないと決めた。
関わらないと決めた。

「…見つからなかった」

これでいいんだ。

予想していた言葉だと雪菜は思った。
見つからなくて当然だ。

「…そうですか。ごめんなさい、余計な負担ばっかりかけてしまって」
「いや…」
「あんなにも広い魔界で見つかるなんて奇跡ですよね」

生きてる姿でも、死んでる姿でも、見つけられるはずがない。

雪菜は飛影の手から氷泪石を受け取った。
母親の優しさと自分の妖気が染み付いた氷泪石には、新たに飛影の妖気が加わっていた。

「手離さずに持っていてくださったんですね」
「……」
「ありがとうございます」

これからは、あなたの温もりが私を守ってくれる。



「…どうして俺だったんだ?」
「え?」
「託す相手なら、他にもいただろう?」

幽助でも蔵馬でも良かったはずだ。

「まさか本当に同じ属性だからなんてバカげた理由じゃないだろうな」

雪菜は一瞬瞳を逸らした。
しかし、すぐに向き合うと、静かに口を開いた。

「…あなたなら、戻って来ないと思ったから…」
「……」
「結果を知るときなんて来ないだろうと思ったから」
「…生憎、返すことになったがな」
「それと…」
「?」
「憧れてました」
「…憧れ?」

飛影の問いには答えずに、雪菜は微笑った。



頼りたくなる背中に、追いかけたい姿を重ねた。

何度も掛けた願いを、何度も否定した。



「頼りたい人がいると思うと頼ってばっかりになってしまうから…」
「……」
「だから、飛影さんにはもう頼りません」
「……ああ」

物事には必ず終焉があって、必ずそこへ辿り着く。
そして、ふりだしに戻るんだ。



「…用件も済んだし、俺は帰る」
「はい。ありがとうございました」

深々と頭を下げた雪菜に目をやって、飛影は背を向けた。

「…お前は、もう独りじゃない」
「!」

顔を上げると、目の前に力強い背中があって。
ああ、この後ろ姿だと雪菜は思った。



歩き出した彼の背に降りかかった言葉は、真実。

「あなたが兄だったらよかったのに」

どくん、と鼓動が鳴った。





2年間探し続けた。
見つけ出すためなら何をしてもいいと思った。
なんでも手に入れてきた自分が、この手には入れられないものを求めた。

いくらでも己を犠牲にできると思った。
なぜそこまで思ったのか、自分でも解らない。

愛なんて柄じゃない。
でも、初めて守りたいと思ったんだ。



守れる? 守れない?
言う? 言わない?
そんな下らない考えに吐き気がした。

そんなの、今更迷うことじゃないんだ。
答えはいつも初めから決まっていて、それに抗う必要なんてない。





「…ふん。何を言うかと思えば」
「……」
「くだらんことを言うな」

飛影は一度も振り返らなかった。





日が高くなるにつれて、蝉の声は一段と賑やかになった。
雲ひとつない空を雪菜は見上げた。

「…そっか。空はこんなに広かったんだ」

手を伸ばしても届かない青い空を、小鳥の群れが横切った。

翼を折りたたんで、飛び立とうとしなかったのは自分。
籠に内側から鍵を掛けた。

でも、臆病な小鳥は、もういない。


大丈夫。
あなたの言葉がお守りになる。



*



「海、行きませんか? 海!」
「へ? だ、ダメっスよ! また倒れたらどーするんスか!!」
「平気です。いっぱい心配かけたけど、もう大丈夫」
「で、でも…!」
「カズ! あんたもしつこいねぇ。本人が大丈夫っつったら大丈夫なんだよ!」
「姉貴っ!」
「みんなで行きたいんです。無茶はしませんから!」
「…うっ…」
「ね?」



青い空と青い海。
潮の香りが鼻を掠める。

去年と同じメンバーで、去年と同じ場所へと向かった。
雪菜からの誘いを受けたとき、誰もが驚いた。
でも、一歩前へ進めたのだと、そう思えた。



車が砂浜に到着すると、雪菜は勢いよく降りて、一目散に海へと駆け出した。

「あっ! 雪菜さんっ…!」

後ろで桑原の心配そうな声が聞こえる。

ミュールが濡れるのも服が濡れるのもお構いなしに、波の中へと入った。
膝が浸かるくらいのところまで海へ入って、雪菜は真っ直ぐ前を見た。
空と海が境などないくらいに真っ青だった。
この海に怯えていたのが遠い昔のことのように感じられた。





なにもかもが思い通りになることなんてありはしない。
だから、戦わなくちゃ。

たくさん泣いた。
弱音も吐いた。
前を見て進もうって決めた。

すべてに勝てるほど強くない。
でも、すべてに負けるほど弱くもない。

大丈夫って風が背中を押してくれるから、もう怖くない。





「みなさんも早く!!」

振り返った雪菜は笑顔で手を振った。
翳りも涙も感じさせない、晴れ渡った笑顔だった。
胸元で氷泪石が輝いて揺れる。

「ゆっきなさぁ〜ん! 今行きま〜す!!」
「おっし! 久々に暴れっか!」
「螢子ちゃん、あたしたちも行くよっ!」
「あ、ぼたんさん待って!」



きっと追いつくよ。
まだ間に合うね。
だから、しっかりと足跡残して。

いつものように自分らしく微笑めばいい。

力強く引いては返す波が連れてくよ。
明日に向かえる勇気を受け止めて。

ためらわず。



「元気になったみたいね」
「ええ。よかったです、本当に」

ふたりは目の前の光景を見て微笑んだ。

「静流さんと蔵馬さんも早くー!!」

呼ぶ声に、応えるかのように笑った。

「折角水着持ってきたのに、服のまま入ってたら意味ないですよね」
「ま、いーんじゃない? 楽しけりゃ、それで」




夏の風を感じて、もう一度、ここから始めよう。








もう迷わない。

前に進むって覚悟を決めた。

自分で掴み取った未来に後悔なんかしない。


だから、私の旅はここから始まる。





過去にとらわれずに、君に会いに行くよ。















第2章「Confession」 了
10//あとがき/第3章